今回は投網の話を少しばかり。
●投網の特徴と調査での使用
魚類調査に関し、採集方法のひとつに投網というのがあります。
魚類採集は、採集対象が方法(漁具漁法等)によって決まってくることが多く、さらには調査者の技術というものがその成果を決定づける場合も少なくありません。投網もまた同様の事情にあるわけですが、網さえ広がればその下にいた魚はとれるはず、ということで調査や採集にはよく用いられます。
が、実際にはどうかといえば、どんな網(目合い、形状、大きさ、重さ、袋の有無など)を選び、どう打つ(投げる)かというものが漁獲量=採集結果に直結します。また、魚をうまく網に入れたところで、手元に寄せる途中で逃げられては意味がありません。投網は打つよりも寄せる方が難しいなんてもいわれたりするように、寄せも重要な技術のうちですが、底の状態や流れの強さ、ゴミの有無が技術以前の問題として寄せの成否を左右します。漁師なら網を入れたがらないような場所にも打たなければならないのが調査というものですので、難儀な話です。
技術というものの中に、網打ちや寄せだけでなく、どんな時間帯にどんなポイントを選んでどう網を入れるかというのを含めるなら、それによっても成果は大きくかわります。一見、釣りやトラップとくらべて恣意性が低く、定性調査ばかりか定量調査にさえ向くように見られることもある投網ですが、このサイズのこの種類の魚を捕るにはこの網でここをこう狙って投げる、というふうに、捕る対象を調査者が結構選ぶことのできる方法でもあります。また、捕りたい獲物を目で見て狙って投げる場合などは、選択的採捕そのものです。
まあ、そんな特徴をもつ投網という採集方法ですが、調査の中身を決めるなんだかんだの書類に「◯◯の方法に準じ、このポイントで投網を5回」なんて書かれてしまっていれば、恣意性や選択性に関する疑問はわきにどけておかなければなりません。決められた道具を用い決められた場所で決められた回数の網をきちんと打つということで、定性性とある程度の定量性の確保が出来るはずだ、と。
が、地図にバッテン印かなにかで記されて網を打つこと求められた「決められた場所」の瀬や淵でも、その瀬のどの石のどっちがわを狙うか、その淵のどのあたりに打ちどう網をしぼるか、とか、あるいは、群れて泳ぐ魚の行き先を予測できるかどうかで、まるで成果は違ってくるわけですので、やはり経験に裏打ちされたセンスというものがものをいってしまいます。
精度はともかく、ある程度の定量性を念頭においた場合、調査者の恣意性を排除するため、決められた場所で何も考えずにただ機械的に5回打つべし、という最もらしい話がされることもありますが、実際それが出来るかというと結構難しい。打つべき場所に大きなコイが群れで現れたら、どうしても打つのをためらいます。網がきれたら面倒だし、暴れるコイがもっと重要な小さな種をみなけちらしてしまうからです。群れが来るのを待って投げないと捕りづらいタイプの魚の場合、やみくもに5回打ったところで全くとれない可能性が高いですから、たくさんいるのがわかっているのにデータ無し、ということになってしまいます。
あと、方法統一によるデータの質の確保以前の問題として、去年の「決められた場所」にあった瀬が今年は陸になって草がしげってたということもままあったりします。「決められた場所」というものに異様に忠実なコンサルの担当者さんは少なからず存在するので、もしかしたら、求められるまま陸に網をうった経験がある調査員さんもいるのではないでしょうか。
●投げ方について少々
投網の投げ方は、土佐流や細川流などいくつかの方法があります。二つ取り、三つ取り、すくい取りなどといった呼び方がされたりもしています。
細かくみるならば、直接網を扱う体のパーツも、手だけだったり、手と肘、手と肩、手と歯、手と肘と肩と歯、などなど、国や地域、流儀流派で様々な工夫がされているようです。大きな網を豪快に振り回す細川流は見ていて惚れ惚れするほどダイナミックで美しい投法ですが、えっ?と思うような小さな動きできれいに網をひろげる技術もあったりします。
ともあれ、打つ場所が川なのか、湖なのか、海なのか、流れが早いか遅いか深いか浅いか、遠くに広くうつべきか足元で狙い打ちするのが有効か、などなど、いろいろな事情に従ったいろいろな投げ方があるわけですが、共通して求められるのは当然ながら網を広げることです。投げ方を学び、練習しなければ広がりません。
漁師ならば一生修行、日々精進、などとも云われるほどの難しさもある投網打ちですが、目指すところがとりあえず調査に支障の無い程度ということであるならば、実はそんなに難しいことではないんですね。美しさ、カッコよさってのは永遠のテーマであるとして、網をそこそこ広げること自体はちょっとしたコツをつかめばすぐできます。「こことここともって、こんなふうに重りの重さを利用して、右手の小指はこんな具合。んじゃ、いち、にい、さんっ。ほらねっ」てな具合。
慣れてきたら、現場の状況にあわせて細長く投げたり四角く投げたり、三角になげたり、むこう岸ぎりぎりでおとすとか、水面に張り出した枝を避けて投げるとかして、手の延長のように扱える域を目指そうぜ、と。
私自身はたいした腕はもっていませんし、「美しく投げる」など遠い遠い話ですが、とりあえず魚捕りができる程度には投げられるため、なんだかんだの事情で網の打ち方を教える必要にかられる場合があります。
広げるだけならそんなに難しいことではない、と書きましたが、実際にはどうかといえば、ほんの二三度投げただけで上手に広げるひともいれば、何十回やってもなかなかうまくいかない人もいたりします。
この差は何なのかといえば、ひとつには教え方のまずさがあるわけですが、頭で理解したことと体に納得させたことの両方がバランスよく機能しないとうまくいかないタイプの動作だということでもあるでしょう。
先日も、ある人が投網を打てるようになりたいというので、レッスンめいたことをするために出かけていったのですが、どうにもうまく投げられるようになりませんでした。その人が四十肩で肘がうまく上がらないという理由もありはしましたが、教える側としては反省しきり。
帰ってから考えた結果、手っ取り早く広げる感覚をつかんでもうらう方法をひとつ思いつきました。
探った記憶は、子供も参加する投網打ち体験会。
小学生くらいの子供だと、現実問題、網の重さに耐えることが出来ないので、投網体験とはいってもそもそも難しい話です。ですが、投網を投げたぞという感覚だけでも持って帰ってもらいたい。とすると、二人羽織のような体勢でいっしょに網を投げ、「おお!広がった!」という快感のみを持ち帰ってもらうしかないわけです。そんなとき、その様子を自分のことのようによく見ていた「お父さん」が、少ない投数で上手に広げられていたのでした。
なので、大人に対しても実際に二人羽織風にやって、体で感触をつかんでもらえれば最短で広げられるようになるのではないかと。
先日のレッスンのときもそうしたらよかったかな、と一瞬思いましたが、汗をだらだらかくような暑い日に、いい年した男ふたりが抱き合うようにしてるのも、ねえ。
●なげた網を寄せることについて少々
ま、投網を打つ必要性にかられているのなら、うまいこと広がるように頑張ってもらうしかないわけですが、先程も書いたように、投げるより、むしろ、「寄せ」が気を使う難しい作業です。
状況に応じて、寄せる方向、寄せる速さというのをよく見極めないと、魚がうまく袋の部分に入ってくれません(袋があるタイプの網の場合の話)。目合いがどうであれ、もたもたしすぎると逃げるやつは逃げます。寄せが速すぎれば重りが浮いて下から逃げられ、それに加え、底に邪魔な石や枝、ゴミがあるかどうかもうまく寄せられるかにかかわってきます。河口域で川底に牡蠣殻びっしりなんて場所なら、網はもうひっぱりようがない。
なので、「寄せない」という手もあるわけです。網に入っている魚を潜って目で見て押さえるというのも、捕獲することが目的ならば当然アリ。
逆に、普通以上に素早くよせることによって、その網の目合いでは捕れるはずのないサイズの小さな魚をからめてとる、なんて方法も状況によっては使えます。
底にコンクリートブロックがあるような防波堤脇等の深い場所なら、網が底につく前にすぼめて引き上げる必要が出てきたりもします。金属製のリングを用いて網をしぼるという方法もあります。
というわけで、うまく寄せないと魚がとれないわけですが、へたをしたら障害物にひっかけて網を切らざるをえない羽目になるというのも寄せの難しさです。
●寄せた後について少々
つつがなく作業が進めば、網を寄せおわった段階で左手は次が投げられるように網をにぎっているはずですので、右手で重りあたりをパラパラやって捕れた魚を出したら、そのままひょいひょいと網をたぐって次を打つ準備完了。
という流れでできれば一番いいのですが、そうもいかないことが多いです。
投網は刺し網としての機能も併せ持ってしまうため、魚はずしがやっかいなときがあります。ヒレがひっかかりやすい魚は多いし、網目に頭を突っ込んでなかなかハズレてくれない状態になっているのもいます。ブラウントラウトの歯なんてのも結構面倒。
で、魚はずしの次にやらなければならないのは、網に入った石やゴミを取り除くことです。きれいに取っておかないと、次に打ったときに網が広がりません。網にからまった木の枝をちまちま取り除くのは結構悲しくなる作業ですし、缶切りで開けた蓋のついている空き缶なんかも最悪。なので、可能な限り、こういった枝やゴミなどがあるところには打たないようにしたいもんです。いや、打てといわれればきっと打つことになるのでしょうが。
●ということで
ここまでのところ、投網調査で得られたデータの定量性については、否定的に書いてきました。調査がマニュアルどおりに行われても、その結果の使用と解釈は、現場の事情を十分わかっていないと危険を伴ないます。まさに「道具は使いよう」なのが投網調査の特徴だとした方がいいと思うくらいです。なので、「定性調査としてタモ網調査、定量調査として投網調査」などとハナから決めてかかった調査レイアウトでもって調査対象域の魚類組成を知ったことにするのはちょっとどうよ、ってなわけです。
投網がだめなら定量調査が出来ないじゃないか、といわれる方もいるかもしれませんが、現場の状況に応じてベターな定量方法を探り、精度を高めようとあれこれ腐心するのが、調査であり研究というものであるだろうと。
求めるものが、とりあえず「今回も投網調査をやりましたぁ、こんなんが取れましたぁ」という事実だけなのであれば、「なんとかと道具は使いよう」ならぬ「言い訳とマニュアルは使いよう」ってことで、どうでもいいんですけどね。
が、投網を効果的に用いて定量調査として成果を上げている例もちゃんとあります。対象魚種は1種、計画的に何人もの打ち手を配して船上から投網を打ち進むという浅い湖の調査の例などです。
●んで
調査で使うという場面においては、捕獲成果としてのデータの扱いについては留意すべきことが盛りだくさんの投網ですが、河川や浅い湖、小規模な港湾内外等の魚類を対象とした調査において非常に有効なツールであるという点は誰もが認めるところでしょう。
投網が打てれば調査の幅もひろがるってもんですが、くれぐれも、身の安全には十分注意していただきたいと思います。
投網打ちに多用される胴長の危険性については何度か書いてきたとおりですし、網を扱うときは、思いもよらない絡まり方をしてしまうことがありますので要注意です。網さばきになれてきていても、手や足、服の留め具やボタン等、へんなところにへんなふうにひっかかってしまうことも無くはないでしょう。そんなときに、水流に流された網にひっぱられるというのは、かなり危険な状態です。へたしたら死にます。
そういった危険性は別枠の話としても、投網打ちは楽な作業ではないです。
難しいし、重いし、疲れる。汗はだらだら、泥ででろでろ、魚でぬるぬる、胴長むれむれ、重さでへろへろ。
投網係に任命されたら、そのへんは覚悟しましょう。
けど、投網って、結構おもしろいんですよね。
せっかく「調査」という名目で、捕獲許可が出てるんですから、頑張って楽しまないと。