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2009年09月30日

トキの試験放鳥について8(第2次放鳥周辺記事)

「トキの試験放鳥について7」に引き続いて、今回は第1次放鳥の総括記事と第2次放鳥に関する記事をピックアップ。

 ※このブログのトキ関連エントリ一覧は末尾にあります。


●両陛下、トキ関係者と懇談=自然放鳥1年−新潟
2009年9月25日(金)17:03(時事通信社)
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-090925X966.html
 国体開会式出席などのため新潟県を訪れている天皇、皇后両陛下は25日、県庁内で、国の特別天然記念物トキの保護に取り組む関係者と懇談された。天皇陛下は「(29日に行われる2回目の)放鳥がうまくいくといいですね」と期待を示した。


だそうです。としか。
そういや、第1次放鳥のときにいたのは誰でしたっけね。

●放鳥1年...「トキ」めかず カップル兆候なくヤキモキ
2009年9月25日(金)15:35(産経新聞)
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/life/e20090925065.html
 昨年放鳥されたトキ10羽のうち、生存が確認されているのはこれまで7羽。雄4羽は佐渡島にとどまっているのに対し、雌3羽は本州側に飛来し、宮城県や長野県で目撃されるなど広範囲で行動している。
 今年6月ごろから、雄は2羽ずつで行動し餌を探すようになった。同省では「群れ形成の時期なので、その過程では...」と期待する。しかし、雌雄のつがいはできておらず繁殖への道のりはまだ見えない。


「繁殖を促したり、群れを形成させたりするにはどうすればいいのか」が課題とのことですが、つまりは、放っておいてもやるときゃやることをやらないのは何故なのかってことですね。たった10羽でたったワンシーズンの観察じゃわかるわけがない、ってのが普通の場合の答えだと思いますが、そういってもどうしようもないのが希少種の難しさってことなのでしょう。
 群れ形成に関しては、いつでも群れたがるようなタイプの鳥ではないように思うんですが、本家中国での研究例なんかはないもんでしょうかね。

●【トキ再び大空へ 放鳥から1年】(上)繁殖せず 試行錯誤
2009年9月25日(金)08:05(産經新聞)
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/m20090925006.html

 昨年9月25日の第1次放鳥で、27年ぶりに佐渡の空を飛んだ10羽のうち雌はすべて海を渡り本州へ。佐渡には4羽の雄だけが残り、待望していた繁殖には至らなかった。
 その原因の一つとされるのが放鳥方法だ。木箱から1羽ずつを約2千人が見守る中、放したことで分散し、群れの形成を阻害したとみられている。


 この見解からいくと、早い話、放鳥セレモニーをやりたがった人たちが諸悪の根源だったってことですね。うんうん。

 この反省に立ち、第2次では仮設ケージで約1カ月飼育して環境に慣らしたうえ、本番ではケージ入り口を、毎日給餌する金子獣医師ともう1人が静かに開け、トキが飛び立つまで待つ「ソフトリリース」方式で行うことになった。

第1次放鳥の木箱に詰め込まれるという恐怖体験は相当なものだったでしょうが、群れ形成に関してはリリース方法との関連よりも、そのときのトキに群れたがる動機があるかないかって方が関係しそうに思います。が、まあ、とりあえずセレモニーをやりたがる役人や議員さん、そして多過ぎるマスコミや見物人は出来るだけ遠ざけておいた方がなにかといいでしょうね。トキがケージの外の世界を嫌いになりそうな気がする。

ってことで、記事より第1次放鳥についてのまとめ。

・佐渡から約40〜50キロ離れた本州に飛んで行ってしまったのは想定外。
・佐渡に生き残っていた日本のトキ5羽は昭和56年に捕獲されるまで山奥にひっそり生息していたことから、放鳥後に本州に渡るとは誰も予想していなかった。
・1日に飛行距離は160キロ以上に及ぶ。
・生存が確認されている8羽のうち4羽が新潟市、新潟県燕市、胎内(たいない)市、富山県黒部市など本州各地で目撃された。
・本州に渡り、いったん佐渡に戻ったがまた本州に渡った個体もいる。
→日本海側では冬型気圧配置が強まると北西の季節風が吹き、その気流に乗った。
・本州に渡るのは雌ばかり。雄は1羽も渡っていない。
・繁殖前のペアを形成する時期に、相性の合う雄に出合えなかった雌が、雄を求めて探しにいった(新潟大学の永田尚志・准教授)
・雄につけている衛星利用測位システム(GPS)の発信器が邪魔をした(金子獣医師)
→雄には立派な冠毛がある。ということはトキはシルエットを気にする鳥ということだ。発信器にはピンとアンテナが立っているため雌が敬遠した可能性もある(金子獣医師)。

 オスにほれぼれするような超カッコイイ発信器をつけるという手もあるでしょうが、トキのメスがどんなのをカッコイイと思うかわからないのだめですね。ハイ。

●【トキ再び大空へ 放鳥から1年】(中)「天女の舞」に魅了され
2009年9月26日(土)08:05(産経新聞)
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/m20090926014.html
 「トキ、どこにおる。きちんとエサを食べとるやろうか。ひもじい思いをしとらんやろうか。毎日トキを思わない日はありません」
 29日に行われるトキの第2次放鳥が近づくにつれ、新潟・佐渡でトキ保護に一生をささげてきた佐藤春雄さん(90)はそんな思いが募ってくる。


この佐藤さん、トキに向けた思いや地道な糞分析の話など、なかなかいい感じです。
また、国策である人工繁殖に対し「農薬を使うなどの環境悪化で餌が減ってしまったから繁殖しなくなった。餌をあげ、人が山に入らなければ自然に増える」と主張する行為は、当時としてはかなりとんがったものとして見られたのではないでしょうか。

この記事にはこんな話も。

 (トキは)美しい羽だけではなくその肉も産後の肥立ちにいいとされ珍重された。「キジが30銭したのにトキはその4倍の1円20銭だった。金になったと猟師が言っておった」。佐藤さんは振り返る。明治時代の狩猟解禁で乱獲が進み、大正14年、新潟県の博物誌に「乱獲のためにその跡を絶てり」と記された

ふーむ。
トキが減った原因によく農薬の話が出て来ますが、少なくとも明治から大正にかけての減少には関係ないようですね。農薬の普及は昭和20年代ころからですから。
しっかし、トキってどんな味なんだろう。

んでもって昨年9月の第1次放鳥後。

 佐藤さんは27年ぶりに小瓶を準備した。ふんは自分が採取するのではなく、放鳥したトキの観察をしているかつての教え子に頼んだ。観察には3度だけ同行した。
「行ったら見たくなる。もう、わしの出しゃばる幕ではない」


カッコイイですねい。
自民党の政治家に聞かせてやりたい。

私は、トキの増殖そのことのみに関しては傍観者的視点しか持ち合わせていませんが、佐藤さんが大空を舞うトキを見る姿は見てみたいと思います。素敵だろうなあ。


●<クローズアップ2009>トキの繁殖、今年こそは あす2回目の放鳥
2009年9月28日(月)18:00(毎日新聞)
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20090928ddm003040204000c.html

 昨年放鳥された10羽のうち、所在が確認されているのは7羽。トキの生態には「動かない」「臆病(おくびょう)」など「神話」があった。70年代に絶滅寸前だったトキは高齢で動きが鈍く、人間に追いつめられて山の深い棚田に逃げたためだ。ところが、27年ぶりに放たれたトキは雄こそ島内にとどまったが、雌は本州に渡り、1日に160キロ移動したこともあった。人目に付く場所にもいる。「トキ神話は崩れた」と山岸哲・山階鳥類研究所長は話す。


 かつて害鳥とされた時期があった経緯なんかを考えると、この神話が成立する過程は異様に早かったといえるでしょうね。「絶滅」という言葉の魔力によるものかもしれない。
 今後、トキが増え過ぎて人々にうとまれるようなときが来たら完全に忘れ去られるような神話でしょうが、そうなって初めて、生態系とかバランスとかに目がむけられるようになるのかもしれません。

 ◇「住民票」コピーで保護募金、飛来地にも集客効果
5月16日に雌が飛来して4カ月が経過する富山県黒部市もカメラを持つ人でにぎわっている。市はトキに「トキメキ」と愛称を付け、特別住民票を発行。コピーを1000枚作って、トキ保護の募金を呼びかけると10万円が集まった。


いやあ、コンビニで1000枚コピーしたら1万円。集まった金が10万円。きびしおますなあ。

 ◇野生生物絶滅の恐れ3155種 保護は81種だけ
 環境省によると、国内で絶滅の恐れのある野生生物は3155種いる。このうち、国が、緊急性などを重視して、「種の保存法」に基づき「国内希少野生動植物種」に指定して保護しているのは81種にとどまる。(中略)吉田正人・江戸川大教授(保全生態学)は「絶滅にひんする前から手を打つことが重要だ」と指摘する。


 たぶん、もっといろいろしゃべってたんでしょうね。いったいどいつが今後絶滅にひんするかを見極めるなんてそう簡単なことじゃないですから。
 今いる生き物を保護するために出来ることはとりあえずその系の保全ってことになるでしょうが、それは多くの場合で人の営みの強制的なコントロールと同義になるわけで。たぶん。
 過剰な開発行為の阻止ってのはともかく、高齢化した過疎地の村の農林水産業と一体化した自然を保全するにはどうしたらいい?と考えると、不老長寿のクスリくらいしか思い浮かばん。

●トキ放鳥20羽、今度は自由な飛び立ち方式
2009年9月28日(月)03:09(読売新聞)
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/life/20090928-567-OYT1T00001.html
 新潟県佐渡島で29日、2回目のトキの放鳥が行われる。


とのことで、放される20羽の構成は以下のとおり。

飛行範囲が広いと予想される雌は、雄より多い12羽に。順応性を考慮し、1歳の幼鳥を11羽そろえた。群れの形成も期待して、既に繁殖に成功した3歳のペアと、その子供も入れてある。

マーキングや発信器については以下。

 鳥は仲間の姿形の変化に敏感とされるため、個体識別用の羽のペイントを半分程度の大きさに抑える。前回、主に雄に背負わせた追跡用発信器は、雌を中心に付けて行動をつかむ。



ということで、いよいよ放鳥。

●トキ20羽、2度目の放鳥 今回は自然にソフトに
2009年9月29日13時18分(asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0929/TKY200909290129.html?ref=goo

 新潟県・佐渡島で29日、国の特別天然記念物トキ20羽の放鳥が試みられた。午前10時半、20羽が約1カ月間飼育されたケージの出入り口のネットが開かれると、約15分後に雄1羽が、午後1時すぎ2羽目が飛び立った。


だそうです。

●トキ、2度目の放鳥=雌多め、繁殖目指す−新潟・佐渡
2009年9月29日(火)12:03(時事通信)
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-090929X492.html
 式典では、泉田裕彦知事が「トキ放鳥で環境保護への意識が高まった。シンボルとして自然繁殖してほしい」とあいさつ。


あああ。
やっぱ、式典ははずせなかったんですね。


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トキ関連エントリ

 トキの試験放鳥について1
 トキの試験放鳥について2(放鳥関連記事まとめ)
 トキの試験放鳥について3(放鳥周辺記事まとめ)
                  (2008年12月中旬まで)
 トキの試験放鳥について4(関係者たちの見解・コメント)
 トキの試験放鳥について5(他の生物関連)
 トキの試験放鳥について6(調査関連、周辺事情)
 トキの試験放鳥について7(その他)
                  (2009年4月上旬まで)




2009年07月03日

テレビの中の希少種

AFPBB国際ニュースより。



 国際自然保護連合(IUCN)によれば、国連(UN)の生物多様性条約(Convention on Biological Diversity、CBD)が定めた生物種の減少抑制目標は、2010年までの達成不可だそうです。
 IUCNのレッドリストの絶滅危惧種4万4838種のうち、869種はすでに絶滅種か、野生絶滅。絶滅寸前種290種を加えると合計1159種。両生類は3分の1、鳥類では8種類に1種類が絶滅の危機にあり、哺乳類ではアジアで狩猟対象となっている種を中心に、全種の4分の1近くが同様の状況とのこと。
 「全体で1万6928種が絶滅の危機にある」「世界で既知の生物種は180万種とされるうち、こうした分析がなされているのはわずか2.7%であることを考えると、絶滅種に関する数字はもっと大きいはず(IUCNのプレスリリースより)」だそうですが、この手の数字はなかなかピンときません。希少種とされているいくつかの動植物名が思い浮かびはしますが、いったいどこに済むどんなやつなのかということになると、実際にかかわったことのあるものを別とすればテレビから得た情報オンリーだったりするからです。多くが外国で暮らす種であることと、どこにでも普通にいるわけでないからこそ希少種なのですから、当然といえば当然なのですが。
 ということで、積極的に情報集めをしないかぎり、私たちが知ることになるのは姿形や生態がテレビ番組的に見栄えのするものや絶滅に瀕するまでのストーリーがわかりやすいものばっかりになりがちなわけで、地味で他種と見分けがつけずらく、これといった環境破壊もなく採集マニアがいるわけでもないのにいつのまにか減っている種、なんてものについてはさっぱり情報が入ってこないわけです。研究者さえ知らないなんてことも決して珍しいことではないはずです。
 フォトジェニックでなくても害虫、迷惑昆虫、雑草、毒草、危険生物なんてウリがある場合、また、わかりやすい生息環境破壊のストーリーが見えなくても、その生き物の暮らしぶりとそこにかかわる人々にテレビ的に栄える物語が見いだされたならば、情報は流れ出すでしょう。希少種をめぐる情報の中に報道すべき希少価値が発見された場合のみ、希少種情報は一般家庭にテレビで宅配してもらえることになるわけです。希少種にもスターダムにのし上がるやつと、その他大勢がいるわけですね。
 その他大勢のうちのさえない誰かがひっそり死んだとしても特別ニュースになることはなく、ごく限られた周囲を除けばその前とあとで特にかわるものもない、ってところは、メディアを通してみる人間社会と同じようなものかもしれません。


2009年04月14日

『北限のサル』下北半島のニホンザル6 ニホンザルの暮らしぶり

 【1】 【2】 【3】 【4】 【5】【6】 【 【

 あちこち野外を出歩いていると、その気がなくても野生の哺乳類に出くわす機会がそこそこあります。リスやニホンザルは昼間に活動する動物なので、最も目にしやすい野生動物に数えられると思いますが、サルは大きいだけあって、いれば遠くからでも気付きます。
 先日、ある場所で見かけたニホンザルは、いやでも目につく民家の屋根の上にいました。やはり地元の人は迷惑がっていましたね。農作物の被害のことも言っていましたが、誰もいないはずの二階のベランダで突然ドタバタ音をたてられたら、心臓にも悪いってもんです。
 その地方でも、サルの出没が目立ってきたのは最近だといっていました。

 さて、予告していたように、ここらで、野生の猿の暮らしぶりをざっと整理しておきたいと思います。主には、あちこちで書かれていること、言われていることなどを大雑把につなぎ合わせたようなものなので、出典等は特に明記していません。

 以前のエントリで、ニホンザルにはボスザルを中心とした社会構造があるという見方が、大きく変わってきていると書きました。動物園等で、ボスザルという呼称からアルファオスという言い方に変わっているのでご存知の方も多いと思いますが、基本的に、ニホンザルの群れにはリーダー的役割を担うボスという存在は無いと見るのが良いようです。
 こんな見方が出て来た始まりは、伊沢紘生さんらによる白山の野生の群れの研究結果であり、簡単に言ってしまえば、野生のニホンザルの群れにはリーダー、またはボスというものの存在は認められなかったというものです。
 まあ、いわれてみれば、日本の森林環境においては、多くの場合で食べ物が広く分散しているため優先権を握るなどそもそも無理な話ですし、気ままに動き回る暮らしの中でのメスの独占にしてもしかりです。
 となると、動物園や野猿公園の群れで観察されていたボス社会はなんだったのか、という話になるわけですが、これも野生の群れと同様の解釈がされるようになりました。
 当然、体の大きさ等による強い弱いの違いが「順位」と見なされる行動となって現れますが、最も順位の高いものが群れを守るべく外敵に立ち向かうとか、群れを率いるといった、いわゆるリーダーまたはボスと呼べるような行動をとったりすることは、実は、動物園や野猿公園の餌付け群でも確実な確認ができていませんでした。ボスに見えたサルは、ぶっちゃけ、力の強さをいいことに威張っているだけのサルだったということです。
 研究者レベルでの表現はさておき、それまで広く浸透していたニホンザルの群れ観といえば以下のようです。
 強大な権力を有し、食べ物に優先権がありメスを独占出来るかわりに、群れを外敵から守り、秩序を維持して統治する役を担ったオスザルがボスとして君臨し、ボスの周囲にはメスや子ザルが位置してその庇護を受ける。群れの周辺をうろついている若者オスやハナレザルは、いつかボスの座を狙ってやろうとして修行中の存在である、と。
 これを基本形としていますが、必ずしも強いものがボスとみなされたわけでもないようです。
 例えば、ボスのくせにけんかに弱い情けないやつ、とか、ボスのくせに真っ先に逃げる臆病なやつ、とか。ボスの定義からいってわけがわからない形でもやはりボスはボスでした。世話役/監視員の「語り」のネタとしては、むしろこんなボスの方が物語になりやすかったのだと思いますが、そんなやつに対してでも「ボスの風格」なんことばをつければ、なるほどと思える瞬間もあったのでしょうから、人の目なんていいかげんなものです。
 ともあれ、この見方によるニホンザル社会は、極めて男権的な階層社会、かつ戦国時代的下克上社会であるわけですが、そんな見方は過去のものとなりました。同じものを見て、まるで違う解釈がなされるようになったわけです。
 ものの見方というのは、冷静で客観的でいようとする科学の目であっても、時代背景と無縁ではいられません。ニホンザルの研究は、「餌付け」というサルにとっては特殊な状況を作りだすことで始めて進展することが出来たという事情もあるわけですが、当時の男女役割分担観、家父長制意識、階級社会、戦後の気分、マルクスの「資本論」の影響なんてものも、強く関わっていたものと思います。特に、「社会」というものを原始的なものから高度に進歩したものへと、ひとつの一方向的矢印に沿って考えようとするのは、当時の流行だったといっていいようにも思います。

 動物園のサル山や野猿公園等の餌付けされたサルの場合、一定の場所で豊富な食べ物が与えらるために餌を探して動き回る必要などなく、そして、餌探しをしなくていいという意味で、暇です。が、決して呑気で平和ということはなく、多くの場合で過密であり、個体間の諍いも日常茶飯事です。野生では観察されないようなえげつない行動(弱いサルの口をこじ開けて、その中の食べ物を奪い取るとか)も結構みられるようで、力の強さ弱さの違いは、集団の中で生き抜くという意味において、野生の群れよりもずっとシビアな問題になっていそうです。
 そんな餌付けされた猿と野生の猿の暮らしぶりの両方を見、戦いの絶えない歴史を歩んで来た人間社会を振り返って「人間は、自分で自分を餌付けしたようだ」といったのは、前出の伊沢さんだっと思いますが、今、資料が手元になくて定かではありません。子供向けに書かれたものの中にあったと思います。

 話を本題にもどし、野生のニホンザルの暮らしぶりを整理してみます。
 ニホンザルの群れは、基本的には数頭から数十頭の母系の集団からなっています。
 普通メスザルは生まれた群れで母親に守られながら成長し、出産や子育ても群れにとどまったまま行います。一生を生まれた群れで過ごすわけです。
 それにたいして、オスは生まれてから数年間はその群れで暮らしますが、ワカモノザルと呼ばれる年齢になると、たいてい群れから出て行ってしまいます。
 つまり、群れにいるオトナのオスのほとんどは、どこかからふらりとやってきたよそ者ということになるわけですね。数ヶ月から数年ほどのスパンでなんとなく群れと行動を共にし、適当な時期にまたふらりと群れを離れてどこかへいってしまう存在です。単にメスを狙って群れから群れへと渡り歩く流れ者といった方がいいかもしれません。そして、オスのみの小さなグループ、または一頭のみで行動する、ハナレザルと呼ばれる存在になるわけです。一匹のみでいるハナレザルの場合、特にヒトリザルなんて呼ばれることがあります。
 そんなわけですので、子育てはもっぱら母ザルが行うことになります。実母でないメスが面倒をみることもあるようですが、父親が関与することはありません。というよりも、どうやらいったい誰が自分の子なのか、いったい誰が自分の父親なのかもわからないといった方がいいようです。観察/研究する側にしても、父子の判定はDNA鑑定によるしかないと聞きます。
 また、群れは通常、ほぼ一定の範囲の中を動き回って暮らしています。このエリアは遊動域と呼ばれ、他の群れの遊動域と重なりあわないような形でだいたい決まっています。群れ同士の遭遇を避けるような形で、自分たちが動き回る範囲を決めているといった方がいいかもしれません。そして、日々遊動域の中を集団で移動しながら、食事をし、休み、遊び、寝るといった暮らしをしています。
では、餌場から餌場、または寝る場所への移動は、いったい誰が決め、リードしているのでしょうか。
 オスザルはリーダーと呼ぶにはほど遠い流れ者的存在だったわけですが、となると、メスザルの中に群れを率いるボス役割がいるのかという仮説もたてられるわけですが、これについてはどうでしょう。
 サルたちが雪道を移動するときは特に統制がとれた行軍にみえ、そんなときは先頭のサルがリーダーシップをとっているかのようです。
 が、これは「誰かが歩いた跡の方が歩きやすいから誰もがそこを歩くだけ」と見れば、新雪の上を苦労して歩く先頭のサルは、ちょっとした貧乏くじをひいたやつでしかなく、後ろからせかされるままに歩いている、という形が実情のようです。実際、頼りなさの方が先に立つような若ザルが先頭にたっている場合が少なくなく、そいつがリーダーシップをとって群れを率いていると見るのは無理があるでしょう。
 つまり、このあたりはとても適当でいい加減と考えた方がよさそうです。経験豊かで地形や植生を熟知した年長のサルと若いペーペーではその振る舞いに違いはあるでしょうが、今いる場所に飽きて他へ行きたくなったやつが動き始めたとき、それについてくるものが多ければ群れ全体が移動することになり、だれもついてこなければ、その動きだしたやつはまたみんなのところに戻っていく、というような、場当たり的でいいかげんな移動の仕方のようです。その場を動きたいという衝動と、目的地がどこであろうが取り残されるのだけはなんとしても避けたいといった個体個体の思いの集合体が、結果として群れを動かすといったところでしょうか。

#最近、こんな記事もあって非常に興味深いです。
「群れの新理論††弱者が強者を率いる(ナショナルジオグラフィック ニュース 2009.2.12)」
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=48448643&expand

 こういったことは、ニホンザルが暮らす場所の事情、即ち、分布域の地形や植生、天敵の数といったものと当然関係しているはずです。
 また、オスザルが生まれた群れを離れ、他の群れを渡り歩くという行動は、個体の刹那的な衝動とは別の話として、遺伝子を広範囲に混じり合わせるという進化的に重要な役割をします。

 ニホンザルは植物性のものを中心に実に様々なものを食べます。が、餌となり得る動植物の分布は当然地域地域で異なっていますので、生息域の自然環境に応じた餌メニューとなります。その詳細ははぶきますが、広葉樹林や草はらや茂み、薮、植生が回復しつつある伐開地、ところによっては海岸等が餌あさりの場所となります。林床が暗くなるほどに生長したスギ、ヒノキ林等の針葉樹林は、寝場所としてはよく使われますが、餌場としては良い条件にないようです。
 ニホンザルは世界中で最も北に分布を広げたサルの仲間ですので、東北地方や北陸地方のように冬には深い雪で覆われる場所も住処としています。ただでさえ食料事情の悪くなる冬に雪が追い打ちをかけるわけですので、冬芽、草木の根や皮等、地味なものをかじってしのぐしかない場合も多くなります。

 群れでの生活は、他のサルとの様々な形での関係性と共になりたっているわけですが、特に冬は個体間の距離がぐっと近くなります。互いに寄り添って身を縮めてダンゴのようになっていれば厳しい寒いもしのぎやすくなるからです。
 逆に暑い夏は、それぞれに涼しい場所を探して、この上なくだらしない姿で昼寝をしていたりします。

 発情期は秋で、メスをめぐる激しい駆け引きにオスの気が立ってきます。顔やお尻もひときわ赤くなります。ケンカが多くなり、巻き込まれた小ザルが怪我をすることも少なくないようです。
メスを得られなかったしょんぼりくんの姿もよく見られます。彼らなりにいろいろなことがあるのでしょう。
 そうこうして、妊娠に成功したメスは順調にいけば翌春に出産します。通常一頭の子を産みますが、ときどきは双子もあるようです。
 出産の頻度は例えば下北半島では2年に一回ほどと言われていましたが、これは栄養状態等の事情により、毎年産むことになったりするようです。
 生まれた子供と母ザルの関係は、ほぼ一年、ときにはそれ以上、非常に密なものが有りますが、子ザルが満一才になる春頃に次の子供の出産があるかないかが大きくかかわってきます。
 死んだ子供をいつまで抱いていた母ザルの話が、親子愛の美談という文脈で語られることがよくありますが、こういった話は気にしすぎない方がいいと思います。他の生物の行動に人間社会の倫理や徳、教訓を求めようとする話はアリとキリギリスを出すまでもなく数多くありますが、倫理、徳、教訓を語ってみたくなった人の「ダシ」「ツール」というもの以上のところへは行き着かないと思うからです。もちろん、「死んだ子ザルを抱き続けた」という事実そのものには、なにがしかの方法で検討すべき意味があるわけですが。

 生まれるものもいれば当然死ぬものもいます。ニホンザルは長ければ30年以上生きますが、野生の暮らしでは病気や怪我、事故による死なども多いので、平均はもっとずっと短いでしょう。
 人間がらみの事故死としては、農地を守る電気柵やネット、イノシシ等害獣駆除用の罠が原因となる他、交通事故死もかなりの数になると思います。
 もうひとつ、死因で重要なのは飢餓、または栄養状態の悪化に起因するものでしょう。詳しい話は書籍や論文等をあたっていただきたいですが、冬を乗り切れずに死ぬ個体が相当数に上り、これと出産数が実際の個体数変動の支配的な条件であるといっていいと思います。ニホンザルが暮らす地域では、程度の違いこそあれ、どこも冬には餌が不足します。ですので、秋までに十分な脂肪を蓄えられたか否か、冬から春先にかけ、生き延びるだけの餌にありつけたか否かといったことが生死を左右します。特に体の小さな子ザルの生き残れる確率は、食べ物の問題が大きいとみていいでしょう。

 全国各地の猿害拡大と個体数の増加は密接に繋がったものであって、猿害を考えるときに、なら何故サルが増えたのか、という問題は避けて通れないものになります。
 個体数の増減は、群れ群れの事情、その土地その土地の事情で検討するべき話ですが、気にしてもいいと思うのは、サルが増えたと言われる時期がどこもほぼ一緒だということです。となると、全国一律で、死亡率を押さえる方向に働いた事情が何かあったかもしれないわけですが、このへんは今回の本題とずれるので次の機会に。

 ということで、ここではニホンザルの群れの暮らしぶりについて、ボス、ないしリーダーが存在するとした「同心円二重構造」社会という見方の否定と共に整理しました。
 伊沢紘生さんによれば、ニホンザルの群れは「仲間意識」によって支えられた集団ということになります。これにより、ボスザル論はセンセーショナルな形で否定されましたが、この「仲間意識」という見方もまた、今後修正される可能性があります。データの蓄積による修正や変更は当然あり得ることですが、それだけでなく、科学も時代の子供ですので、新たな見方、新たな言葉により、対象の捉え方やその意味合いには、今現在では計り知ることの出来ない変容の余地があると思うからです。



関連記事
『北限のサル』下北半島のニホンザル1 大量捕獲開始
『北限のサル』下北半島のニホンザル2 これまでの経過の整理
『北限のサル』下北半島のニホンザル3 餌付けと猿害
『北限のサル』下北半島のニホンザル4 観察者と捕獲
『北限のサル』下北半島のニホンザル5 「共存」というまえに
『北限のサル』下北半島のニホンザル6 ニホンザルの暮らしぶり

2009年04月10日

メガマウスのココナツミルクソースソテー



 あのメガマウスが食われてしまったそうです。
 世界で41番目に発見された個体、体長4メートル、0.5トン。
 「WWFの助言もむなしく、解体された後に地元の美味ココナツミルクのソースでソテーされた」とのことですが、うまかったのでしょうか。
 他の魚と交換してやれば地元の人も喜んだのか、それともメガマウスだからこそ食ってみたかったのか、気になるところです。
 もう調理されちまったのならしかたあんめえ、ってことで、研究者なら自分でもその味をこっそり確かめてみたいと思うんじゃないかと思いますが、WWFの人はそんなことはしないかな。


2009年02月10日

『北限のサル』下北半島のニホンザル5 「共存」というまえに

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】【6】 【  【

 ニホンザルの大量捕獲がとうとう始まりましたね。
 関連記事をふたつばかり。

「北限のニホンザル」捕獲開始、20頭は上野動物園に(読売新聞) - goo ニュース
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/life/20090210-567-OYT1T00051.html
「青森県むつ市など下北半島の4市町村に生息する『北限のニホンザル』(国の天然記念物)の捕獲作業が9日、むつ市脇野沢地区で始まり、初日は5頭が捕獲された。」

「北限のサル」捕獲を開始 増えすぎで初の大量処分(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2009020901000693.html
「職員ら約10人が同市脇野沢地区の5カ所にリンゴの入った箱わなを設置し、計5匹を捕獲した。ほかに3歳以下の幼いサル3匹も捕まったが、群れの維持のため放した。」

 11人で金属製の箱わなを使って捕獲したそうですが、これで合計270頭を捕獲するとなると、かなり大変そうです。単純に割り算かけ算すると、だいたい600人・日が必要となりますから、人件費込みの経費で考えると相当な額になるはずです。

 で、今後、20頭は上野動物園行きとなりますが、残りの250頭は薬殺処分されることになってます。
 一頭の体重が4kgとすると1トンですね。1トンもの死んだサルをどう処分するのかといったところも気になります。

 さて。
「悲しいことに、人間とサルが将来どんな世界を描くのか、今まで語られていない。ビジョンを示すべき時に来ている。270匹を『犬死に』に終わらせてはならない」
 これは、前回新聞記事から引用しました写真家の松岡史朗さんの言葉ですが、では、現状がどうなっているのかとえば、これだけの数の捕獲が許可されるほどなのですから、なかなか厳しいものがあります。
 私が実際に目にしたのはもうずいぶん前のことになりますが、地元の人々が耕す小さな畑はサルよけの電気ショック付きの金網やネットで覆われ、まるで、人が檻の中に囲われているかのようでした。街なかではサルが電線に行列を作って移動し、ときには家の中にまで侵入して食べ物をあさったり、糞尿をまき散らすといった被害も出ているようです。
 多額の費用がかけられている電気柵やネットは、猿害を防ぎサルと人との共存を目指すモデル事業の一環ですので、採算が合うのかといったあたりはとりあえず別の話としておけますし、もともと自家消費主体の小規模な畑が多いという事情があったりしますが、猿の襲撃におびえ、迷惑し、実害を被り、きゅうくつな檻の中で畑を耕すといった生活を強いられる地元の人々にサルに良い感情を抱けといっても、これはかなり難しいでしょう。
 明日にでも収穫しようとしていたものこそが一番サルに狙われるといったことも、「憎たらしい」といった感情をエスカレートさせています。
 そんなやつらが「天然記念物」として保護されているというのも、悪い冗談にしか聞こえないかもしれません。
 中には、雪をかぶって寒そうに縮こまっているサルたちを哀れんで餌を与える農家の人もいたりするわけですが、もちろんこれは、サルを呼び寄せ被害を拡大する方向に働いてしまいます。同じ土地に暮らすものとしての優しい自然な気持ちがNGであり、邪険に追い返すことのみを良しとしなければいけないという事情の中で、地元の一般の人たちが「共存」のイメージをわかせようとするのは、困難なことだろうと思います。

 まあ、「共存」というのは別に仲良くいっしょに暮らすことではないですし、「共栄」の意味を含まなければならないわけでもありません。ただ、両者それぞれに生態系の一員としての居場所があって、それぞれの居場所があるからこそ過度に干渉しあうことはなく、そして、地域全体としてある程度の安定性をもったサイクルを巡らせられている状態であればそれでいいのだと思います。
 が、この意味での「共存」は、人の側の活動が「発展」というものを内包させたがっている以上限りなく不可能に近いわけで、この猿害の始まりもまた、戦後の木材供給のためにサルの住処を奪ったことや、観光開発を目論みの一つとした「餌付け」が引き金となっています。
 ただ、「共存」といった話をわけにどけて、とりあえず目の前の問題を解決するだけなら、そう難しいことではないのかもしれません。
 "単にサルを山に追い返す、もしくは、人里の魅力を知るサルを排除し、それ以外を山に閉じ込めて暮らさせる。個体数が多過ぎればまびいて殺し、減ってきたら餌をばらまく。" 今回の大量捕獲を含め、現実的に打たれる手もこんなところだろうと思います。
 当然、サルの住む山の開発をストップすると共に林業もそこそこにして、里に降りてこようとするサルを日常的に撃退し続ける必要がありますし、野生のサルを観光の目玉にするのを断念しなければならないとか、「罪のない野生生物の命を奪うな」という第三者、とりわけ田舎の自然にロマンを求める都市部の人たちからの囂々たる非難にも耐えなければいけないとか、いろいろ面倒な問題は残るわけですが。
 
 ということで、話をもとにもどして、松岡さんの話にある"人間とサルの将来ビジョン"についてですが、これまでこれが語られていなかった理由は、多くの人にとってどうでもよかった、というのをのぞけば、語るのが難しかった、もしくは、語れなかったと捉えていいかと思います。
 農業・林業政策や開発の問題、野生生物をめぐる法整備の問題、経済の問題、都市と地方の問題、個人や各種団体の利害といったものがみなからんでくるやっかいな話ですし、感情的、感傷的な意見としての「おさるさんを殺さないで」という声も、簡単に無視していいものではないでしょう。
 将来ビジョンを示せないということは、猿害をどう解決するのか、また、サルの命を救うことにどんな意味があるのか、ということに限った問題ではなく、自然保護や保全、自然との共生や共存、生き物の命といったものについての一般的な考えすら、私たちはまるで語れないでいることを意味しているといっていいだろうと思います。
 たぶん、ここで考えるべき問題は、法制度や施策だけでなく、人の生き方/暮らし方やその根本となる価値観など、社会のあり方や哲学の問題抜きには語れない内容になってくるでしょう。
 そして、その手の話が将来ビジョンとして示されるとき、例えばそれが「明日の自然保護より今日の食い扶持」という感覚よりも力を持つのは、往々にして至難の技です。研究者や保護論者が非現実的な机上の空論しか述べてないという場合も少なくないかもしれませんが、それよりも、今の世の中が「明日の自然保護が今日の食い扶持をささえてくれている」と思える余地を残す世の中ではない、つまり、日本の国がそう確信させてくれる回路を作ってこなかったということを意味するのかもしれません。

 ということで、将来ビジョンが見えぬまま、増えたら殺す増えたら殺すというイタチごっこが始まったわけですが、解決策を簡単にひねりだせる魔法があるわけでもありませんので、とりあえず、自分たちが殺しているやつらはいったいどんなやつらなのか、ということくらいはもっとよく見てよく知りたいと思います。
 ですので、次の機会ではニホンザルの暮らしぶりについて整理してみようと考えています。



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『北限のサル』下北半島のニホンザル4 観察者と捕獲
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『北限のサル』下北半島のニホンザル6 ニホンザルの暮らしぶり

2009年01月21日

「北限のサル」下北半島のニホンザル4 観察者と捕獲処分

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】【6】 【  【



 「『北限のサル』下北半島のニホンザル3」に引き続いて、今回は主に観察者の話を。

 今現在、サルの研究における個体識別はごくごくあたりまえのことですが、これは日本発の画期的な手法でした。人間以外の動物の個体識別などできるはずがない、たとえできたところでそれに何の意味があるのか、という見方が欧米諸国ではごく普通だったからです。なので、京大グループの研究成果も、当時は驚きと同時に疑いの目を向けられていたようです。
 サルの分布の中心は熱帯・亜熱帯域であるため、理学的研究の盛んな国(いわゆる先進国)で自国内にサルがいる国は日本をおいて他に無かったという事情が、日本でサルの研究が盛んになった理由のひとつとして上げられますが、個体識別という手法については、キリスト教文化圏においては人間と人間以外の生物がはっきりと区別され、人間以外の生き物に人間的なもの(個性や感情といったもの等)を認めようとするなど考えもできなかったのに対し、日本的文化では歴史的にそのへんの垣根があるようなないようなだったからこそ個体識別による研究というものが可能だったのだ、という理由付けが多くみられます。シンプル過ぎるように思える理由ですが、本当にそういうことだったのかも知れません。まあ、そのへんはともかくとして、一度個体識別という手法の有効性が評価された後は、他のサルもみな、個体識別を前提とした観察や研究がなされるようになりました。
 個体識別して観察したからこそ群れの中に社会構造があることが認められ、個体識別したからこそ、サル一匹一匹それぞれが、それぞれのやりかたで他のサルと関わりあいながら生きているということがわかってきたわけです。サルAの子供がBで、BとCは仲良しでCはキレやすい性格でDよりも優位な立場にあるけれどEにはごまをすりまくっていて・・・、などなど。集団でやってきてはワイワイギャーギャー騒いでいるやつら、として見るのと、何らかの理由でときおりワイワイとかギャーギャーとかいう声を上げるやつがいる集団、としてみるのでは、見えてくるものが全く違ってくるのは当然のことでしょう。
 こういった視点による観察は、サルというものが個体識別して観察するに足るほど、豊かな個性をもって日々を生きている生き物であったことをあぶりだしたということでもあるわけです。

 そういったわけで、下北半島のニホンザルもまた、可能な限り個体識別され、ナンバー、もしくは愛称としての名前がつけられて観察されています。書籍やテレビ等の各種メディアにも名前のつけられたサルが多く登場し、それぞれの個性的な生き様が紹介されたり、波瀾万丈の人生(猿生?)が描かれてたりしています。
 が、当たり前なことにサルの観察はサルを見られないことには始まりませんので、実際によく観察され、名前もつけられているのは、いきおい、ある程度以上人に慣れたサルということになります。そして、そういったサルが所属する群れの多くは、人里におりて畑を荒らす群れでもあるわけです。

 今回の下北半島広域で270頭という、全体の6分の1にもなる大量捕獲について、捕獲処分は当然、もしくはしかたないという意見が多いようですが、捕鯨に反対するシーシェパードのような過激な動きこそないものの、殺さずに済む方法はないものか、なんとかして共生・共存の道をさぐれないか、などという声も随所で聞かれます。
 ほぼ正反対となるこれらの声ですが、このような形で紹介するとき、そこにひとつの共通点をみることが出来ます。つまり、そのどちらもが「下北のサル」「天然記念物」「罪なき野生生物の命」「害獣」「憎っくき敵」などという具合に、集団をひとくくりにした上で「捕獲処分」というものを捉えて語った声になるわけです。
 それに対し、実際のサルを観察しつづけてきた人たちの中は、ここにちょっと違う意味合いを加えてしまう場合が少なくないと思います。
 今回もまたひどいたとえ話を持ち出してしまいますが、友人とその家族などといった知り合いが60人いたとして、そのうち10人殺さなければならないならばいったい誰に死んでもらうのか、という話は、仮定であってもあまり考えたくないことです。が、サルを個体識別して観察していれば、目の前で繰り広げられる捕獲作戦がこれと大差のないこととして目にうったとしても不思議ではありません。
 もちろん、物見遊山的な観察でなく、そこに研究という要素が加わったときには、目的やその方法論によって積極的感情移入に近いスタンスをとろうとする場合もあれば、数値を扱うと同様の冷静な視線を送り続ける場合もあるでしょう。が、サルは体の作りやしぐさといったものが人によく似ており、感情の生き物と言われることもあるように、一匹一匹が極めて表情豊かで、その行動の多くは喜怒哀楽カテゴリーでの解釈も可能です。異文化で暮らす民であることは疑いなくとも、そこもここもが自分とよく似ています。どんな関わり方をしようが、繰り返し視線を送り続けたとき、個対個としてなにも感じずにいるのは難しいことでしょう。
 ですので、サルの観察に深く関わっていればいるだけ、そして、猿害を憂えて対策を考えなければいけないと思えば思うだけ、つらいことになりそうです。
 私もまた、下北には知り合いのサルがいますが、いえ、一方的に知ったつもりになっただけのサルですが、もう長いことご無沙汰しているため、今、生きているのか死んでいるのかも知りません。が、今でもその表情やしぐさ、声までも、簡単に思い浮かべることができます。もしもそいつが今回の捕獲で処分されることがあったなら、などと考えると、やはり落ち着かない気分になります。

 猿害という社会問題に対し、観察者個人個人の思い入れに過ぎない話を持ち出して、だからどうすべきなどと言う気はありません。意味のないことだと思うからです。が、サルを知ることでサルとの距離感が変わるなら、それはいつか、問題の捉え方を変えていくことに繋がるかもしれないと思います。
 先に紹介した記事中で、サルを追う写真家であり、NPO法人ニホンザル・フィールド・ステーションの事務局長でもある松岡史朗さんは、今回の大量捕獲の許可に対してこういっています。
「誰かが何らかの対策をしなきゃいけない。捕獲は選択肢として理解する」
 ごく短い言葉ですが、この言葉のかげには、下北の山で松岡さんが見知ってきた数多くの猿の姿と、その猿たちが目の前で繰り広げてきたたくさんの物語があるはずです。
 そして、松岡さんの言葉はこんなふうに続きます。
「悲しいことに、人間とサルが将来どんな世界を描くのか、今まで語られていない。ビジョンを示すべき時に来ている。270匹を『犬死に』に終わらせてはならない」
 「個体数調整」という名のもと、増えたら殺す、減ったら増やす、といった数合わせ行為の繰り返しばかりでない「何か」を求め、その「何か」から得られるものが確実にあると信じているからこその言葉だと思います。
 それは、人類の行く末というものを考える趣味のある人にとっても、決して無意味ではない「何か」なのだと思います。

 長くなりましたので、続きはまた後ほど。


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2009年01月16日

「北限のサル」下北半島のニホンザル3 餌付けと猿害

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】【6】 【  【


「『北限のサル』下北半島のニホンザル2」に引き続いて、下北半島のニホンザルの話題。


 餌付けと猿害について

 猟銃が普及する前の時代はまた違った状況にあったかもしれませんが、下北半島においては、1960年以前にサルが人里へと出てくることはめったになかったようです。
 戦後急速に行われた山の木々の伐採とスギ植林化が、主に食べ物の不足等の理由によってサルの住処を失わせ、人里へと向かわせたとみることができます。普通、野生生物はわざわざ危険をおかすような行動はとりません。早い話、その頃までの下北のサルは、人を避け人を見れば逃げるという山の生き物であったはずが、記録的な豪雪等といった事情もあって、やっと探した食べ物のある場所が人の暮らす土地であり、人の作った畑だったということでしょう。サルならではの好奇心もあったかもしれませんが、それは二の次の話だと思います。
 村の人たちは突然の珍客をおもしろがったり、餌不足の猿を哀れんで餌をやったりしながらも、農作物を守るため必死で山へと追い返そうとしました。漁業主体の小さな集落であり、畑は産業とは言えない自家消費主体のものでしたが、だからこそ日々の糧として守らねばならないものでした。
 そんな中、識者の監修の元、餌付けが始まったわけです。
 前のエントリで下北の場合の餌付けを始めた目的を書きましたが、餌付けというのは当時の流行だったといっていいかと思います。餌付けしたサルならば一般の人も気軽に間近で見ることができるため、特に価値もなかった野生のサルを観光資源化することが出来たからですが、その直接のきっかけは、京大の研究グループによるニホンザル社会の研究において、餌付けという操作が大きな成果を上げていたことでしょう。
 今ではその解釈において大きく異なった見方がされていますが、ニホンザルにボスザルを中心とした同心円状の社会構造があったという研究成果が出て来たことは、当時センセーショナルな出来事として驚きを持って迎えられ、そして、広く一般に受け入れられました。
 群れの安全を守るかわりに食べ物やメスを独占するボスザル、ボスの庇護の元、子供を愛情深く守り育てるメスザル、武者修行で力をつけいつかボスの座を乗っ取ろうと隙を伺う若者ザル、などというキャラ立ては、慣れ親しんできた戦国武将の物語と相性バッチリですし、まだまだ色濃く残っていた軍国主義的、男権主義的な社会認識の感覚からも全く逸脱していません。それまで、単なる烏合の衆としてしか認識されていなかった「エテ公」たちの集まりが、突然、人間社会の縮図に見えてきたという話だったわけです。ただし、単純に人間社会のアナロジーというわけではなく、人間の現代社会よりずっと格下の、原始的で野蛮で稚拙な社会として捉えられたという点には注意しておく必要があると思います。微笑ましいとかかわいいという言葉を使ったとしても、中身はいっしょでしょう。
 現在では、このようなニホンザルの群れ社会の見方は、餌付けという人為的操作があることを前提とした特殊な事例としてみるのが妥当となっていますが、そのへんの話題については、また別の項で触れたいと思います。
 ともあれ、餌付けによってサルの観察が容易になったため、そのような観光地では、一般の観光客たちもいったい誰がボスザルなのか必死に見分けようとして観察し、係員が語る、ボスの座を巡って繰り広げられるサルたちの波瀾万丈、お涙ちょうだいの物語に耳を傾けたことと思います。
 下北半島での餌付けに関しては、天然記念物指定された北限のサルを保護するという大きな目的もありました。ただ、餌の不足しているサルたちのために、一カ所に集めて豊富な餌を与えれば農作物の被害は軽減できるだろうという目論みはもろくも崩れ去りました。餌付けするということは農作物の味を覚えさせるということでもあり、サルが餌場と畑を区別して餌あさりをしてくれたりはしなかったからです。
 そんなこんなで、サルたちによる農作物への被害はとどまることを知らず、栄養条件の向上は個体数の増加へと繋がり、被害はさらに拡大しました。
 餌付けによって急速に縮まったサルとひととの距離が被害を大きくしたということは言うまでもありません。餌付けされるということは人に慣れるということでもあり、かつての人間をさけて暮らしていたサルから、サルそのものが大きく変わってきたということになります。
 が、餌付けをしなければ猿害は起きなかったかといえば、そんなことはないでしょう。人里へ出てこない群れを含め、今なぜこれほどサルの数が増えているかについて、私は資料を持ち合わせていませんが、山の暮らしで餌不足があれば、おそかれ早かれ人と接触する機会は出て来ただろうからです。一度降りて来てしまえば、人が餌など与えなくても畑の作物も放置されたくず野菜もゴミ捨て場の野菜くずも、みな彼らの食べものとなり得てしまいます。
 ただ、人と同じく、サルにも個性があります。人に近づこうとしないサルもいれば、かかんに人に近寄り、餌をねだったり、ときに攻撃すらしてくるサルもいます。民家に入り込んでは仏壇に置かれた食べ物を食べて帰るサルもいます。そして、こういったチャレンジャーザルの行動に利があれば、それが他のサルに影響を与える可能性があります。過去の猿害防止のための捕獲作戦で、慎重に個体を識別しその個体を選んで行おうとした理由はここにあるわけです。

 下北半島におけるニホンザルの餌付けと猿害については、だいたいこのような流れで来てますが、全国各地の猿害の実情を見るまでもなく、サルに餌を与えるという行為は人にとっていい結果をもたらさないようです。「つけあがらせるだけ」と表現するのが最も簡単でしょうか。
 おもしろ半分にスナック菓子を与えてしまう大人もいれば、小鳥やペットに対すると同じ思いで餌を差し出す子供もいます。下北でもまた、頭に雪をかぶっているサルを見た農家の人たちが、かわいそうに思って餌をあげたなんてこともごく普通にあったわけです。これなどは「人情」の範囲の行いとしてとらえてもいいかもしれませんが、結果としては同じことです。
 特定のサルと特定の人という個別の関係においては、餌を介したとしてもそれなりに規律ある関係を結ぶことも不可能ではないでしょうが、不特定多数のサルと不特定多数の人間という関係においては、もう、どうにもならないと思います。

 このあとは、捕獲処分と研究者や調査員たち、そして、サルとの共生、共存ということについて考えてみたいと思います。



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『北限のサル』下北半島のニホンザル6 ニホンザルの暮らしぶり

2009年01月15日

「北限のサル」下北半島のニホンザル2 これまでの経過の整理

【1】 【2】 【3】 【4】 【5】【6】 【  【



「北限のサル」下北半島のニホンザル1」に引き続いて、下北半島のニホンザルの話題。

 下北半島に生息するニホンザルと、それによって引き起こされている猿害に関し、現在に繋がる経過を簡単に整理します。

 1960年、半島南西部の九艘泊という海べの小さな集落に、15頭ほどのサルが姿をみせました。農作を食い荒らす等の猿害が始まっています。
 1963年、餌付け開始。15頭の群れのために餌場が作られました。
 餌付けの目的は以下の四つ。
 ・決めた場所でじゅうぶんな餌をやることにより、農作物の被害を防ぐ。
 ・サルをきまった場所に集めることにより生態研究をしやすくする。
 ・観光資源としてのサルの活用。
 ・餌を与えることで、すみかを失ったサルたちを保護する。
1970年、天然記念物に指定されました(「下北半島のサルおよびサル生息北限地」として)。
 この頃より個体数の急速な増加が見られています(餌付けで栄養状態が良くなったことによる増殖に加え、山から降りて来た別の群れとの合流も考えられている)。農作物への被害が拡大しています。
1981年、餌付け中止。
1982〜1983年、増えすぎたサルの数を減らすことを目的として、130頭ほどが捕獲されました(捕獲後、一部は村にある公園のサル山へ、その他は全国各地の動物園などへ)。
1985年頃、逃げ延びた猿が三つの群に別れて暮らしていることが確認されました。

 その後は、人慣れし、人の食べ物の味を知っているサル(餌付けを経験した群れのサルの子孫)を中心として農作物への被害が拡大していきます。畑は文化庁や環境省による電気柵で農地が囲まれ、地元の人はまるで檻の中で農業をする状況となりましたが、柵を乗りたサルによる被害は後を絶ちません。また、特定のサルが民家の中まで入ってきて荒らすという話も多くなりました。

 個体数の変化については、以下のようになります。◆印は、捕獲の記録です。

1960年代:下北半島南西部および下北半島北西部で、6〜7群、150〜200頭程度。
1970年、北西部個体群で3群100〜135個体、南西部個体群で4群103頭。
1981年、推定8群380頭。
◆1982年、130頭ほどの大規模捕獲(脇の沢村域で把握されていたニホンザルでは2/3程度にあたる82頭)。
1988年、北西部個体群で8群約250頭、南西部個体群で5〜6群約100頭。
1996年、北西部個体群で8〜10群約400頭、南西部個体群で6群180頭。
2001年、25群で推定約1,020頭、
2004年、28群で推定1,500頭以上
◆2004年、14頭を薬殺処分
2007年、44群1,635頭
※個体数の出典は省略させていただきました。webで簡単にいろいろ出てきますので。

 サルのようすや猿害の具体的な話については、次の回で。

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2009年01月13日

「北限のサル」下北半島のニホンザル1 大量捕獲開始

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 下北半島のニホンザルについて、十群270匹という大量捕獲が始まります。
 下北半島のニホンザルは、最も高緯度の地域で暮らす「北限のサル」であり、国の天然記念物になっているため、文化財保護法によって捕獲が禁止されています。が、今回の捕獲は、農作物への被害に悩む、むつ市、風間浦村、大間町、佐井村の要請によって青森県が文化庁へ申請していた現状変更(捕獲)の許可がおりたことによります。

#東奥日報「『北限のサル』270匹捕獲を許可」
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2008/20081212211357.asp?fsn=eb33f76037153e93cde084f7e7644d6f

#gooニュース「「北限の猿」受難の年に 年明けから大規模捕獲」
http://news.goo.ne.jp/article/kahoku/region/20081230t23016.html?C=S

など。

 下北半島のニホンザル生息数は、四十四群1635匹(2007年度現在)とされていいますので、約6分の1という相当な数が捕獲されることになります。
 あまり意味のある例えではありませんが、東京都と大阪府で暮らす人全員が日本からごっそりいなくなるというくらいの規模ですね。
 捕獲されたニホンザルのうちの約20頭は、上野動物園引き取られるという話が出ていますが、それ以外は「処分」ということになりそうです。

#gooニュース「『北限のサル』処分計画、上野動物園が20頭に救いの手」
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/life/20090109-567-OYT1T00919.html

 1960年代には絶滅が危惧され、70年には国の天然記念物に指定された下北半島のニホンザルですので、その後半世紀ほどの間でずいぶん事情がかわったということになります。今後、何回かにわけて、そのへんを整理してみたいと思います。

 ところで、マスメディア等ではきちんと紹介されることがあまりないようなので念のため書いておきますが、下北のニホンザルが天然記念物指定されているというのは正確ではなく、「下北半島のサルおよびサル生息北限地」が天然記念物です。つまり、サルとその生息地の両方が指定されているということです。
 なお、ニホンザル関係の国の天然記念物は現在6件あり、以下の通りとなっています。
  下北半島のサルおよびサル生息北限地(青森県)
  高崎山のサル生息地(大分県)
  箕面山のサル生息地(大阪府)
  臥牛山のサル生息地(岡山県)
  高宕山のサル生息地(千葉県)
  幸嶋サル生息地(宮崎県)
 これを見るだけでも、下北ならではの猿害のやっかいさというのが伺えるかと思います。

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2008年09月05日

関連記事:温暖化の次のブームは「生物多様性」か? 〜 窮屈な社会ができなければいいが…

温暖化の次のブームは「生物多様性」か? 〜 窮屈な社会ができなければいいが…
gooニュース

http://news.goo.ne.jp/article/wiredvision/life/2008blogishii34-17757.html

「日本では生物多様性基本法が2008年5月に可決されました。ここでは生態系を保護し、持続可能な経済活動を行うことが決められています。それを受けて企業向けガイドラインが今、環境省で作られています。
環境問題を「流行」で捉えるのはよくないことかもしれませんが、数年以内に「生物多様性」は日本でブームとなる可能性があります。」

だそうです。

2008年09月04日

関連記事:万博公園で出会ったか オオタカ、今年も2羽巣立ち 『新しい森づくり』実結ぶ」

万博公園で出会ったか オオタカ、今年も2羽巣立ち 「新しい森づくり」実結ぶ
 gooニュース

http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/e20080830005.html?C=S

様々な見解、意見等をもつ人があるかもしれませんが、とりあえず「オオタカを見たことがある!」という人は増えるでしょうね。

2008年08月04日

希少種関連記事:「アマミノクロウサギを猫パクリ 捕食被害の瞬間激写」asahi.com

アマミノクロウサギを猫パクリ 捕食被害の瞬間激写 (asahi.comより)
http://www.asahi.com/national/update/0804/SEB200808040016.html

自動撮影なので、「激写」はないと思いますが。

それはそれとして、

「奄美大島では放し飼いや捨てられたペットの犬猫が野生化し、在来の希少生物が襲われる例が頻発。鑪(たたら)雅哉・自然保護官は『野生化した犬猫による被害が深刻になっていることを、この写真で訴えていける』と話している。」

だそうです。

2008年08月01日

関連記事:「『ホタルで町おこし』の大きな間違い」日経ビジネスオンラインより

「ホタルで町おこし」の大きな間違い
“環境ブーム”が引き起こした取り返しのつかない自然破壊
日経ビジネスオンライン宮嶋 康彦氏の連載より
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20080729/166518/?P=1

ホタルに詳しい方なら、さらにさらに突っ込めるところ満載の「ホタルで町おこし」。
数々の問題点を認識しながらも「仕事だから」とホタル水路の造成を手がけた方も多いのではないでしょうか。
トンボ池やビオトープ、希少種・絶滅危惧種の移植放流等も、似たような問題をはらんでいる例が多いと思います。

2008年07月30日

希少種関連記事:タヌキの燭台

希少種タヌキノショクダイ、どっこい生きている 徳島(asahi.com)
http://www.asahi.com/national/update/0729/OSK200807290083.html
「植物だけに、愛好家の宝探しが悩みのタネ?」

持ってかえって植えても、育てるのはまず無理でしょう。


wikipediaによる関連情報はこちら
腐生植物
http://ja.wikipedia.org/wiki/腐生植物
ヒナノシャクジョウ科
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヒナノシャクジョウ科

2008年07月29日

生物調査と生態系とレッド種の保護

 各種開発事業に伴って生物調査を行う場合、その目的は、対象範囲にどのような生態系が形成されていて、人為的な環境改変がどのような影響を及ぼすと考えられかを把握することにあります。
 ちょっと面倒くさいところまで書いてみますが、一口に生態系の把握といっても、実際それは、恐ろしくたいへんなことになります。
 どのような物理的環境の地域にどのような生物群がどのような量比でもって存在し、食物連鎖や共生関係を含むどのような相互作用によりその生態系を構成しているか、どのような物質の循環がありどのようなエネルギーのフローがあるか、その系への物質やエネルギーの出入りはどうであるかといった事柄が、物理化学法則や個々の種の生活形態と共に把握され、生産、消費、分解のバランス、歴史的経過と系の安定性などの面から評価出来るようになって初めて、おぼろげに様子がみえてくるかなといった程度です。
 ましてや、生き物の生きる能力についてはまだまだわかってないことだらけですので、なにかしら生活環境に変化があった場合、その種がどんな応答をするかを予想するのはかなり難しいことでしょう。その波及効果についてはなおさらです。なんら問題視されていなかった種があっけなく絶滅に瀕していたり、予想外の種のが大増殖してしまったりと、一筋縄ではいかないことだらけです。

 こんなふうに書くと、わからないことだらけのものを調査して予測しようなんて無駄だということになってしまいそうですが、生物の応答の中には桜の開花予測のように気温との関係だけで語れるシンプルなものもありますし、対象種をしぼりその他の事象をまとめてブラックボックスに放り込んでおく方法が有効な場合もあります。また、ある程度把握されている地域環境の例があれば、それをモデルとして別の地域の特性を推測する方法も当然あります。
 なお、このブラックボックス化する方法はシミュレーションの場合にはとても有効な手法でしょうが、漁業補償やレッドリスト掲載種の保護などを問題としている場合は、手法としてのブラックボックス使用というより、対象種以外は無視かしらんぷりするといった方がよさそうです。

 まあこんなわけで、自然環境がどうとか影響評価がどうとかいってもやれることは手間や予算からいってもごく限られているわけで、現実的にコンサルに発注される生物調査業務の大半は、こういった生態系の把握とはほぼ無縁の調査だといってもいいと思います。
 利根川の逆水門や長良川の河口堰、諫早湾の干拓事業など、生態系に大きな影響を及ぼすことが明らかな事業については各方面から多様な調査が行われ、その影響について漁業補償など金で解決できるものは金で解決したということになったはずですが(調査結果がどう生かされたかとか、関係者が満足したかどうかについてはともかくとして)、それでもまだまだ不透明だったり未解決だったりするところが多々残っているのはよく知られている通りです。

 これほどまでに大規模でない通常の道路建設などの場合でよくやられるのは、動物相と植物相にわけた種組成の調査といったところでしょうか。
 ワシ・タカ等の猛禽やフクロウ調査は少々特殊なところがありますが、あとはどんな動植物が存在するかを限られた日程の中で確認する作業が主なものとなります(なお、蘚苔類や菌類、地中の生物といったグループは通常無視されるようです)。
 で、ちょっと極端にいうならば、この手の調査で生態系の特徴の把握などできるもんでもありませんから(もちろん、どこもかしこも徹底的に調査する必要などなく、似たような環境の調査例があればそれを参照して済む部分も多いわけですが)、現実的には、関係する法律や条例にひっかかる種が出て来たときにのみ、なんらかの対策を講じるということになります。
 具体的には、国や都道府県のレッドリストに乗っている生物が確認されたときに、その種に限った保護対策を考えるというわけです。

 このことは、「この地域に大きな恵みをもたらしてくれるこの豊かな自然を守りたい」と望む人にすれば、そこにレッド種がいるかいないかでがらりと状況がかわることを意味します。手っ取り早く開発工事を進めたい人にとっても、やはりレッド種がいるかいないかは大きな意味をもちます。雑草一本、虫けら一匹で巨額のお金が動くかもしれないからです。

 ところでこのレッド種、希少であり絶滅が危惧されているからレッド指定されているわけですが、なぜ今その種がレッド指定されるほど希少なのか、また、なぜそれがその地域では生息できているのかという問題が、種毎の固有な事情としていつでもついてまわります。つまりレッド種がレッド種であるのは、その地域やその気候帯、あるいは地球規模の生態系の問題と密接に関わる話になるわけです。ですので、レッド種のみに注目して保護だ移植だ増殖作戦だなどという話は、いつまでたっても「とりあえず」の域を出ようがありません。

 もうひとつ、レッド種のもつ遺伝子情報そのものの価値の話題を別にすれば、そもそもレッド種は数が少ないからレッドなのであって、その生態系を維持する物質の流れや相互作用の中での役割も、少ないなりのものでしかない場合がほとんどでしょう。ありふれた種の動向こそがその系のありかたを左右しているという認識無しにレッド種ばかり気にしていてもしかたないと思います。

2008年06月12日

希少生物の生息情報の取り扱いの難しさ

希少生物の生息情報の取り扱いの難しさ

 だいたいにおいて、見たこともない生き物に対して、あんたはおれが守ってやるぜい、とはなかなか思えないもの。生物学的な議論を省いていえば、貴重生物は大方が珍しいから貴重なわけで、めったにお目にかかれるものでなかったりします(本当は必ずしもそういうわけではないのですが)。
 となると、生き物に関心が高ければ高い程、自分の目でそいつを見てやろうと思うのが人情というわけで、さてどこに行けば彼ら彼女らに会えるのか、という情報を欲するわけです。
 その生物が貴重であることを理解し、かつその生息場所を知っているのは良心的なマニア、良心的な愛好家、調査会社の良心的な社員、良心的な研究者などですが、彼らはその情報を出しません。出せばひどいことになりかねないのを知っているからです。
 情報がもれれば、一匹くらいいいだろう一本くらいいいだろうと思って取っていく心ないマニアや心ない愛好家、そして、お客さんのニーズになんとかして答えようとする良心的な販売業者、闇で業者に売りつけようとするその筋の人たちがこっそりごっそり捕ったり抜いたりしに来ます。子供に尊敬されたい一念のお父さんも混じっているかもしれません。一部の研究者の場合は、その崇高な特権意識から普通に採っていきます。
 捕るなんてことはなくとも、ワシ・タカの巣があるというの情報の場合、写真を写しにわんさと人が集まる可能性があります。彼らは警戒して営巣放棄、つまり子育てをやめてしまいます。
 けれども、そういった情報を出したくてたまらない人もいます。
 珍しい生き物がいるとなれば、村おこしや地域の活性化に使えるかもしれないからです。
 かくして、立て看板をぶったて、密猟密採集よけのフェンスを作り、その生き物が暮らしやすいように、かつ未来を担う子供たちが観察しやすいようにと重機をいれて立派に整備し、あまりに急な環境の変化に当の生き物はそこから姿を消してしまうことになります。
 と、後半部分はかなり誇張したフィクションとして書きましたが、まあ、おおまかにはこんな感じでしょう。
 でまた、これは国内に限った話ではありません。東南アジアの蝶や甲虫なんかはやばそうです。

 まだ見ぬ珍しい生き物を自分の目でみてみたいと思う気持ちを持つことは否定しませんが、あまり気張らず、いつかどこかで出会えたら嬉しいぞという程度がよさそうです。
 会いたいと思っていると、結構会えます。

 

タグ:希少生物

2008年06月11日

レッドデータブックの在処(環境省、都道府県)

レッドデータブック、希少種関連のリンク集です。

環境省関連

生物多様性情報センター
http://www.biodic.go.jp/
生物多様性情報システム
http://www.biodic.go.jp/J-IBIS.html
絶滅危惧情報
http://www.biodic.go.jp/rdb/rdb_f.html
絶滅危惧情報の全文検索
http://www.biodic.go.jp/rdb_fts/rdb_fts_frm.html
RDB図鑑〜希少な生き物たち〜
http://www.sizenken.biodic.go.jp/rdb/search_all.html



日本のレッドデータ検索システム
http://www.jpnrdb.com/index.html


-----都道府県別レッドデータブック一覧-----

●北海道地方===========
北海道
http://rdb.hokkaido-ies.go.jp/

●東北地方===========
青森県
http://www.pref.aomori.lg.jp/a-rdb/
岩手県 
http://www.pref.iwate.jp/~hp0316/yasei/reddatabook/rdb.html
http://www.pref.iwate.jp/~hp0316/yasei/hukyuuban/iwateredhukyuuban.html
宮城県
http://www.pref.miyagi.jp/sizenhogo/seibutu/kisyosyu/redlist/red-index.htm
秋田県
http://www.pref.akita.lg.jp/icity/browser?ActionCode=content&ContentID=1135148036456&SiteID=0
山形県
http://www.pref.yamagata.jp/living/nature/7053001red_data_book.html
福島県
http://www.pref.fukushima.jp/shizen/RedDataBook/top.htm

●関東地方===========
茨城県
http://www.pref.ibaraki.jp/kankyo/08env/07reddate/index.html
栃木県
http://www.pref.tochigi.jp/shizen/sonota/rdb/index.html
群馬県
http://www.pref.gunma.jp/d/04/kankyo/rdb2/rdata.htm
 植物 http://www.pref.gunma.jp/d/04/kankyo/rdb/index.htm
 動物 http://www.pref.gunma.jp/d/04/kankyo/rdb2/index2.htm
埼玉県
http://www.pref.saitama.jp/A09/BD00/red/red.htm
千葉県
http://www.pref.chiba.lg.jp/syozoku/e_shizen/bdc/rdb/index.html
東京都
http://www2.kankyo.metro.tokyo.jp/sizen/rdb/top.htm
神奈川県
http://nh.kanagawa-museum.jp/kenkyu/reddata2006/2006_07.html

●中部地方===========
新潟県
http://www.pref.niigata.jp/seikatsukankyo/kankyo/a/hogo/1_1.html
富山県
http://www.pref.toyama.jp/cms_cat/109030/kj00000909.html
石川県
http://www.pref.ishikawa.jp/sizen/reddata/index.html
福井県
http://www.erc.pref.fukui.jp/gbank/G_index.html
 植物http://www.erc.pref.fukui.jp/gbank/RDBplant/index.htm
 動物http://www.erc.pref.fukui.jp/gbank/rdb/rdbindex.html
山梨県
http://www.pref.yamanashi.jp/barrier/html/midori/29092660998.html
長野県
http://www.pref.nagano.jp/kankyo/hogo/kisyou2/index.htm#rdb
岐阜県
http://www.gifu-ecopavilion.jp/ecopavilion/bbs/red_data/index.htm
静岡県
http://www.pref.shizuoka.jp/kankyou/ka-070/wild/red_replace.htm
愛知県
http://www.pref.aichi.jp/kankyo/sizen-ka/shizen/yasei/rdb/index.html

●近畿地方===========
三重県
http://www.eco.pref.mie.jp/shizen/ikimono/rdb/index.htm
 県指定希少野生動植物種http://www.eco.pref.mie.jp/shizen/ikimono/shitei/index.htm
滋賀県
http://www.pref.shiga.jp/d/shizenhogo/rdb/index.html
京都府
http://www.pref.kyoto.jp/kankyo_red/
大阪府
http://www.epcc.pref.osaka.jp/books/red_data/
http://www.pref.osaka.jp/midori/sizen/

兵庫県
http://www.kankyo.pref.hyogo.jp/JPN/apr/hyogoshizen/reddata/index.htm
奈良県
http://www.pref.nara.jp/dd_aspx_menuid-2861.htm
和歌山県
http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/032000/reddata/index.html

●中国地方===========
鳥取県
http://www.pref.tottori.jp/kouen/kisyou/rdb/RDB.htm
島根県
http://www1.pref.shimane.lg.jp/contents/rdb/rdb2/index.html
岡山県
http://www.pref.okayama.jp/seikatsu/sizen/wildlife/rdb.htm
広島県
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/eco/j/j2/reddata/index.htm
 県指定保護種http://www.pref.hiroshima.lg.jp/eco/j/j2/hogosyu/index.htm
山口県
http://eco.pref.yamaguchi.jp/rdb/

●四国地方===========
徳島県
http://our.pref.tokushima.jp/kankyo/red.php
香川県
http://www.pref.kagawa.jp/kankyo/shizen/rdb/index.htm
愛媛県
http://www.pref.ehime.jp/030kenminkankyou/080shizenhogo/00004541040311/
高知県
http://www.pref.kochi.jp/~kankyou/
 植物http://www.pref.kochi.jp/~kankyou/redlist2/page_22a.html
 動物http://www.pref.kochi.jp/~kankyou/redlist1/page_21.html

●九州地方===========
福岡県
http://www.pref.fukuoka.lg.jp/kankyo/rdb/
佐賀県
http://www.pref.saga.lg.jp/at-contents/kankyo/kankyo/env/nature/index.html
長崎県
http://www.pref.nagasaki.jp/sizen/2reddata/index.html
熊本県
http://www.pref.kumamoto.jp/eco/red-list/index.html
大分県
http://www.pref.oita.jp/10550/reddata/
宮崎県
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/kankyo/shizen/reddatabook/
鹿児島県
http://www.pref.kagoshima.jp/kurashi-kankyo/kankyo/yasei/reddata/index.html
●沖縄地方===========
沖縄県
http://www.pref.okinawa.jp/okinawa_kankyo/shizen_hogo/rdb/index.html

参考
絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律
http://ja.wikipedia.org/wiki/絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律


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