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2009年04月14日

『北限のサル』下北半島のニホンザル6 ニホンザルの暮らしぶり

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 あちこち野外を出歩いていると、その気がなくても野生の哺乳類に出くわす機会がそこそこあります。リスやニホンザルは昼間に活動する動物なので、最も目にしやすい野生動物に数えられると思いますが、サルは大きいだけあって、いれば遠くからでも気付きます。
 先日、ある場所で見かけたニホンザルは、いやでも目につく民家の屋根の上にいました。やはり地元の人は迷惑がっていましたね。農作物の被害のことも言っていましたが、誰もいないはずの二階のベランダで突然ドタバタ音をたてられたら、心臓にも悪いってもんです。
 その地方でも、サルの出没が目立ってきたのは最近だといっていました。

 さて、予告していたように、ここらで、野生の猿の暮らしぶりをざっと整理しておきたいと思います。主には、あちこちで書かれていること、言われていることなどを大雑把につなぎ合わせたようなものなので、出典等は特に明記していません。

 以前のエントリで、ニホンザルにはボスザルを中心とした社会構造があるという見方が、大きく変わってきていると書きました。動物園等で、ボスザルという呼称からアルファオスという言い方に変わっているのでご存知の方も多いと思いますが、基本的に、ニホンザルの群れにはリーダー的役割を担うボスという存在は無いと見るのが良いようです。
 こんな見方が出て来た始まりは、伊沢紘生さんらによる白山の野生の群れの研究結果であり、簡単に言ってしまえば、野生のニホンザルの群れにはリーダー、またはボスというものの存在は認められなかったというものです。
 まあ、いわれてみれば、日本の森林環境においては、多くの場合で食べ物が広く分散しているため優先権を握るなどそもそも無理な話ですし、気ままに動き回る暮らしの中でのメスの独占にしてもしかりです。
 となると、動物園や野猿公園の群れで観察されていたボス社会はなんだったのか、という話になるわけですが、これも野生の群れと同様の解釈がされるようになりました。
 当然、体の大きさ等による強い弱いの違いが「順位」と見なされる行動となって現れますが、最も順位の高いものが群れを守るべく外敵に立ち向かうとか、群れを率いるといった、いわゆるリーダーまたはボスと呼べるような行動をとったりすることは、実は、動物園や野猿公園の餌付け群でも確実な確認ができていませんでした。ボスに見えたサルは、ぶっちゃけ、力の強さをいいことに威張っているだけのサルだったということです。
 研究者レベルでの表現はさておき、それまで広く浸透していたニホンザルの群れ観といえば以下のようです。
 強大な権力を有し、食べ物に優先権がありメスを独占出来るかわりに、群れを外敵から守り、秩序を維持して統治する役を担ったオスザルがボスとして君臨し、ボスの周囲にはメスや子ザルが位置してその庇護を受ける。群れの周辺をうろついている若者オスやハナレザルは、いつかボスの座を狙ってやろうとして修行中の存在である、と。
 これを基本形としていますが、必ずしも強いものがボスとみなされたわけでもないようです。
 例えば、ボスのくせにけんかに弱い情けないやつ、とか、ボスのくせに真っ先に逃げる臆病なやつ、とか。ボスの定義からいってわけがわからない形でもやはりボスはボスでした。世話役/監視員の「語り」のネタとしては、むしろこんなボスの方が物語になりやすかったのだと思いますが、そんなやつに対してでも「ボスの風格」なんことばをつければ、なるほどと思える瞬間もあったのでしょうから、人の目なんていいかげんなものです。
 ともあれ、この見方によるニホンザル社会は、極めて男権的な階層社会、かつ戦国時代的下克上社会であるわけですが、そんな見方は過去のものとなりました。同じものを見て、まるで違う解釈がなされるようになったわけです。
 ものの見方というのは、冷静で客観的でいようとする科学の目であっても、時代背景と無縁ではいられません。ニホンザルの研究は、「餌付け」というサルにとっては特殊な状況を作りだすことで始めて進展することが出来たという事情もあるわけですが、当時の男女役割分担観、家父長制意識、階級社会、戦後の気分、マルクスの「資本論」の影響なんてものも、強く関わっていたものと思います。特に、「社会」というものを原始的なものから高度に進歩したものへと、ひとつの一方向的矢印に沿って考えようとするのは、当時の流行だったといっていいようにも思います。

 動物園のサル山や野猿公園等の餌付けされたサルの場合、一定の場所で豊富な食べ物が与えらるために餌を探して動き回る必要などなく、そして、餌探しをしなくていいという意味で、暇です。が、決して呑気で平和ということはなく、多くの場合で過密であり、個体間の諍いも日常茶飯事です。野生では観察されないようなえげつない行動(弱いサルの口をこじ開けて、その中の食べ物を奪い取るとか)も結構みられるようで、力の強さ弱さの違いは、集団の中で生き抜くという意味において、野生の群れよりもずっとシビアな問題になっていそうです。
 そんな餌付けされた猿と野生の猿の暮らしぶりの両方を見、戦いの絶えない歴史を歩んで来た人間社会を振り返って「人間は、自分で自分を餌付けしたようだ」といったのは、前出の伊沢さんだっと思いますが、今、資料が手元になくて定かではありません。子供向けに書かれたものの中にあったと思います。

 話を本題にもどし、野生のニホンザルの暮らしぶりを整理してみます。
 ニホンザルの群れは、基本的には数頭から数十頭の母系の集団からなっています。
 普通メスザルは生まれた群れで母親に守られながら成長し、出産や子育ても群れにとどまったまま行います。一生を生まれた群れで過ごすわけです。
 それにたいして、オスは生まれてから数年間はその群れで暮らしますが、ワカモノザルと呼ばれる年齢になると、たいてい群れから出て行ってしまいます。
 つまり、群れにいるオトナのオスのほとんどは、どこかからふらりとやってきたよそ者ということになるわけですね。数ヶ月から数年ほどのスパンでなんとなく群れと行動を共にし、適当な時期にまたふらりと群れを離れてどこかへいってしまう存在です。単にメスを狙って群れから群れへと渡り歩く流れ者といった方がいいかもしれません。そして、オスのみの小さなグループ、または一頭のみで行動する、ハナレザルと呼ばれる存在になるわけです。一匹のみでいるハナレザルの場合、特にヒトリザルなんて呼ばれることがあります。
 そんなわけですので、子育てはもっぱら母ザルが行うことになります。実母でないメスが面倒をみることもあるようですが、父親が関与することはありません。というよりも、どうやらいったい誰が自分の子なのか、いったい誰が自分の父親なのかもわからないといった方がいいようです。観察/研究する側にしても、父子の判定はDNA鑑定によるしかないと聞きます。
 また、群れは通常、ほぼ一定の範囲の中を動き回って暮らしています。このエリアは遊動域と呼ばれ、他の群れの遊動域と重なりあわないような形でだいたい決まっています。群れ同士の遭遇を避けるような形で、自分たちが動き回る範囲を決めているといった方がいいかもしれません。そして、日々遊動域の中を集団で移動しながら、食事をし、休み、遊び、寝るといった暮らしをしています。
では、餌場から餌場、または寝る場所への移動は、いったい誰が決め、リードしているのでしょうか。
 オスザルはリーダーと呼ぶにはほど遠い流れ者的存在だったわけですが、となると、メスザルの中に群れを率いるボス役割がいるのかという仮説もたてられるわけですが、これについてはどうでしょう。
 サルたちが雪道を移動するときは特に統制がとれた行軍にみえ、そんなときは先頭のサルがリーダーシップをとっているかのようです。
 が、これは「誰かが歩いた跡の方が歩きやすいから誰もがそこを歩くだけ」と見れば、新雪の上を苦労して歩く先頭のサルは、ちょっとした貧乏くじをひいたやつでしかなく、後ろからせかされるままに歩いている、という形が実情のようです。実際、頼りなさの方が先に立つような若ザルが先頭にたっている場合が少なくなく、そいつがリーダーシップをとって群れを率いていると見るのは無理があるでしょう。
 つまり、このあたりはとても適当でいい加減と考えた方がよさそうです。経験豊かで地形や植生を熟知した年長のサルと若いペーペーではその振る舞いに違いはあるでしょうが、今いる場所に飽きて他へ行きたくなったやつが動き始めたとき、それについてくるものが多ければ群れ全体が移動することになり、だれもついてこなければ、その動きだしたやつはまたみんなのところに戻っていく、というような、場当たり的でいいかげんな移動の仕方のようです。その場を動きたいという衝動と、目的地がどこであろうが取り残されるのだけはなんとしても避けたいといった個体個体の思いの集合体が、結果として群れを動かすといったところでしょうか。

#最近、こんな記事もあって非常に興味深いです。
「群れの新理論††弱者が強者を率いる(ナショナルジオグラフィック ニュース 2009.2.12)」
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=48448643&expand

 こういったことは、ニホンザルが暮らす場所の事情、即ち、分布域の地形や植生、天敵の数といったものと当然関係しているはずです。
 また、オスザルが生まれた群れを離れ、他の群れを渡り歩くという行動は、個体の刹那的な衝動とは別の話として、遺伝子を広範囲に混じり合わせるという進化的に重要な役割をします。

 ニホンザルは植物性のものを中心に実に様々なものを食べます。が、餌となり得る動植物の分布は当然地域地域で異なっていますので、生息域の自然環境に応じた餌メニューとなります。その詳細ははぶきますが、広葉樹林や草はらや茂み、薮、植生が回復しつつある伐開地、ところによっては海岸等が餌あさりの場所となります。林床が暗くなるほどに生長したスギ、ヒノキ林等の針葉樹林は、寝場所としてはよく使われますが、餌場としては良い条件にないようです。
 ニホンザルは世界中で最も北に分布を広げたサルの仲間ですので、東北地方や北陸地方のように冬には深い雪で覆われる場所も住処としています。ただでさえ食料事情の悪くなる冬に雪が追い打ちをかけるわけですので、冬芽、草木の根や皮等、地味なものをかじってしのぐしかない場合も多くなります。

 群れでの生活は、他のサルとの様々な形での関係性と共になりたっているわけですが、特に冬は個体間の距離がぐっと近くなります。互いに寄り添って身を縮めてダンゴのようになっていれば厳しい寒いもしのぎやすくなるからです。
 逆に暑い夏は、それぞれに涼しい場所を探して、この上なくだらしない姿で昼寝をしていたりします。

 発情期は秋で、メスをめぐる激しい駆け引きにオスの気が立ってきます。顔やお尻もひときわ赤くなります。ケンカが多くなり、巻き込まれた小ザルが怪我をすることも少なくないようです。
メスを得られなかったしょんぼりくんの姿もよく見られます。彼らなりにいろいろなことがあるのでしょう。
 そうこうして、妊娠に成功したメスは順調にいけば翌春に出産します。通常一頭の子を産みますが、ときどきは双子もあるようです。
 出産の頻度は例えば下北半島では2年に一回ほどと言われていましたが、これは栄養状態等の事情により、毎年産むことになったりするようです。
 生まれた子供と母ザルの関係は、ほぼ一年、ときにはそれ以上、非常に密なものが有りますが、子ザルが満一才になる春頃に次の子供の出産があるかないかが大きくかかわってきます。
 死んだ子供をいつまで抱いていた母ザルの話が、親子愛の美談という文脈で語られることがよくありますが、こういった話は気にしすぎない方がいいと思います。他の生物の行動に人間社会の倫理や徳、教訓を求めようとする話はアリとキリギリスを出すまでもなく数多くありますが、倫理、徳、教訓を語ってみたくなった人の「ダシ」「ツール」というもの以上のところへは行き着かないと思うからです。もちろん、「死んだ子ザルを抱き続けた」という事実そのものには、なにがしかの方法で検討すべき意味があるわけですが。

 生まれるものもいれば当然死ぬものもいます。ニホンザルは長ければ30年以上生きますが、野生の暮らしでは病気や怪我、事故による死なども多いので、平均はもっとずっと短いでしょう。
 人間がらみの事故死としては、農地を守る電気柵やネット、イノシシ等害獣駆除用の罠が原因となる他、交通事故死もかなりの数になると思います。
 もうひとつ、死因で重要なのは飢餓、または栄養状態の悪化に起因するものでしょう。詳しい話は書籍や論文等をあたっていただきたいですが、冬を乗り切れずに死ぬ個体が相当数に上り、これと出産数が実際の個体数変動の支配的な条件であるといっていいと思います。ニホンザルが暮らす地域では、程度の違いこそあれ、どこも冬には餌が不足します。ですので、秋までに十分な脂肪を蓄えられたか否か、冬から春先にかけ、生き延びるだけの餌にありつけたか否かといったことが生死を左右します。特に体の小さな子ザルの生き残れる確率は、食べ物の問題が大きいとみていいでしょう。

 全国各地の猿害拡大と個体数の増加は密接に繋がったものであって、猿害を考えるときに、なら何故サルが増えたのか、という問題は避けて通れないものになります。
 個体数の増減は、群れ群れの事情、その土地その土地の事情で検討するべき話ですが、気にしてもいいと思うのは、サルが増えたと言われる時期がどこもほぼ一緒だということです。となると、全国一律で、死亡率を押さえる方向に働いた事情が何かあったかもしれないわけですが、このへんは今回の本題とずれるので次の機会に。

 ということで、ここではニホンザルの群れの暮らしぶりについて、ボス、ないしリーダーが存在するとした「同心円二重構造」社会という見方の否定と共に整理しました。
 伊沢紘生さんによれば、ニホンザルの群れは「仲間意識」によって支えられた集団ということになります。これにより、ボスザル論はセンセーショナルな形で否定されましたが、この「仲間意識」という見方もまた、今後修正される可能性があります。データの蓄積による修正や変更は当然あり得ることですが、それだけでなく、科学も時代の子供ですので、新たな見方、新たな言葉により、対象の捉え方やその意味合いには、今現在では計り知ることの出来ない変容の余地があると思うからです。



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この記事へのコメント
近年サル、クマ、イノシシなどが我が物顔で里を歩けるようになった一因として、犬の放し飼いが基本的に禁止されたことを挙げている研究者がいました。放し飼いの犬たちは犬の社会を築き、里の周辺をパトロールする機能を持っていたという話はとても説得力がありました。今からでも、山村で犬の放し飼いを再開すれば、野生動物の出没対策になりそうです(人に対する態度など十分なしつけが必要ですが)。
Posted by キノコハンター at 2009年04月27日 07:56
 キノコハンターさん、コメントありがとうございます。
 犬の放し飼いが禁止される以前は、里山にベアドッグやモンキードッグがいて、いい仕事をしてくれていたということですよね。ときにはそんな犬が人に危害を与えることもなくはなかったでしょうが。
 平成19年11月12日付の動物愛護管理法に基づく基準改正で、鳥獣被害防止を目的とする適正なしつけ及び訓練がなされている犬の放し飼いが認められることになったこともあって、サル追いに特化したモンキードッグを導入する地域が増えているようです。様々な問題(訓練と認定、飼い主の負担、モンキードッグがいない場所が集中的に被害を受けるようになる、などなど)をはらみながらではありますが。
 ただ、増えすぎたことを最大の原因としてサルが里に降りて来ている地域では、サルの方でもなんとかしなきゃならない事情をかかえているわけですから、犬の存在に昔どおりの効果を期待し続けられるかというと、ちょっと疑問も残ります。サルが、ただ逃げ回り続けるだけのやつらには思えませんので。
 どうなっていくでしょうね。

Posted by biobioenv at 2009年04月27日 10:12
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