また、このモニタリング1000には一般のボランティアの参加が組み込まれているわけですから、「自然に対するまなざしにささやかな啓蒙効果をあげるための長い長いお祭りイベント」といった側面がかならずあるはずです。
多くの一般の人たちにとって、「雑草だらけの草むらや薮」が「百種、二百種もの植物が混生する生物相豊かな場所」に見えだし、ただの「小鳥たちの声」から何種類もの鳥の意味のあるさえずりを聞き分け、その一羽一羽の行動を追えるようになり、「生まれて初めてめくった葉っぱの裏にいた生まれて初めて見た虫がどこにでも普通にいるたくましいやつだった」ことを知り、「自然豊かなきれいな景色」の中に、臭くて汚くて痛くて鬱陶しくて恐ろしくて愛らしくておいしいものが潜んでいることを知る、などといった経験は、個人の気づきの物語としてとても大切なことだと思います。一次産業に従事する人たちは、また別の形の気付きの物語と共に生きてきているはずで、そして結局はこういった個人的な物語の集合体がこの国の自然に対する視線を形作っていくものと思います。
ボランティアに参加する人限定のイベントなので、自然デバイドを生んでしまいかねませんが、かかわったひとたち同士のネットワーク形成も含め、ひょっとしたらこんなのが得られるデータ以上の価値になるかもしれないな、なんても思います。
あ、別に生き物の種類がわかるようになることがいいと言おうとしているわけではありません。自然との距離感であったりかかわり方の話です。念のため。
あとは、欲を言えば、これを機会に環境省の他の調査研究や国交省や農水省関連の各種調査、地方自治体発注の調査、各種環境アセスメント調査との連携といいますか、データ共有といいますか、そんなのがうまく進むといいだろうなと思います。「期待される成果」の中に、「得られた結果を自然環境アセスメントに役立てる」と明記もされていますので期待したいところです。闇に包まれたところがなにかと多い部分のようなので難しいとは思いますが。
もうちょっと続けます。
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