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2008年07月29日

生物調査と生態系とレッド種の保護

 各種開発事業に伴って生物調査を行う場合、その目的は、対象範囲にどのような生態系が形成されていて、人為的な環境改変がどのような影響を及ぼすと考えられかを把握することにあります。
 ちょっと面倒くさいところまで書いてみますが、一口に生態系の把握といっても、実際それは、恐ろしくたいへんなことになります。
 どのような物理的環境の地域にどのような生物群がどのような量比でもって存在し、食物連鎖や共生関係を含むどのような相互作用によりその生態系を構成しているか、どのような物質の循環がありどのようなエネルギーのフローがあるか、その系への物質やエネルギーの出入りはどうであるかといった事柄が、物理化学法則や個々の種の生活形態と共に把握され、生産、消費、分解のバランス、歴史的経過と系の安定性などの面から評価出来るようになって初めて、おぼろげに様子がみえてくるかなといった程度です。
 ましてや、生き物の生きる能力についてはまだまだわかってないことだらけですので、なにかしら生活環境に変化があった場合、その種がどんな応答をするかを予想するのはかなり難しいことでしょう。その波及効果についてはなおさらです。なんら問題視されていなかった種があっけなく絶滅に瀕していたり、予想外の種のが大増殖してしまったりと、一筋縄ではいかないことだらけです。

 こんなふうに書くと、わからないことだらけのものを調査して予測しようなんて無駄だということになってしまいそうですが、生物の応答の中には桜の開花予測のように気温との関係だけで語れるシンプルなものもありますし、対象種をしぼりその他の事象をまとめてブラックボックスに放り込んでおく方法が有効な場合もあります。また、ある程度把握されている地域環境の例があれば、それをモデルとして別の地域の特性を推測する方法も当然あります。
 なお、このブラックボックス化する方法はシミュレーションの場合にはとても有効な手法でしょうが、漁業補償やレッドリスト掲載種の保護などを問題としている場合は、手法としてのブラックボックス使用というより、対象種以外は無視かしらんぷりするといった方がよさそうです。

 まあこんなわけで、自然環境がどうとか影響評価がどうとかいってもやれることは手間や予算からいってもごく限られているわけで、現実的にコンサルに発注される生物調査業務の大半は、こういった生態系の把握とはほぼ無縁の調査だといってもいいと思います。
 利根川の逆水門や長良川の河口堰、諫早湾の干拓事業など、生態系に大きな影響を及ぼすことが明らかな事業については各方面から多様な調査が行われ、その影響について漁業補償など金で解決できるものは金で解決したということになったはずですが(調査結果がどう生かされたかとか、関係者が満足したかどうかについてはともかくとして)、それでもまだまだ不透明だったり未解決だったりするところが多々残っているのはよく知られている通りです。

 これほどまでに大規模でない通常の道路建設などの場合でよくやられるのは、動物相と植物相にわけた種組成の調査といったところでしょうか。
 ワシ・タカ等の猛禽やフクロウ調査は少々特殊なところがありますが、あとはどんな動植物が存在するかを限られた日程の中で確認する作業が主なものとなります(なお、蘚苔類や菌類、地中の生物といったグループは通常無視されるようです)。
 で、ちょっと極端にいうならば、この手の調査で生態系の特徴の把握などできるもんでもありませんから(もちろん、どこもかしこも徹底的に調査する必要などなく、似たような環境の調査例があればそれを参照して済む部分も多いわけですが)、現実的には、関係する法律や条例にひっかかる種が出て来たときにのみ、なんらかの対策を講じるということになります。
 具体的には、国や都道府県のレッドリストに乗っている生物が確認されたときに、その種に限った保護対策を考えるというわけです。

 このことは、「この地域に大きな恵みをもたらしてくれるこの豊かな自然を守りたい」と望む人にすれば、そこにレッド種がいるかいないかでがらりと状況がかわることを意味します。手っ取り早く開発工事を進めたい人にとっても、やはりレッド種がいるかいないかは大きな意味をもちます。雑草一本、虫けら一匹で巨額のお金が動くかもしれないからです。

 ところでこのレッド種、希少であり絶滅が危惧されているからレッド指定されているわけですが、なぜ今その種がレッド指定されるほど希少なのか、また、なぜそれがその地域では生息できているのかという問題が、種毎の固有な事情としていつでもついてまわります。つまりレッド種がレッド種であるのは、その地域やその気候帯、あるいは地球規模の生態系の問題と密接に関わる話になるわけです。ですので、レッド種のみに注目して保護だ移植だ増殖作戦だなどという話は、いつまでたっても「とりあえず」の域を出ようがありません。

 もうひとつ、レッド種のもつ遺伝子情報そのものの価値の話題を別にすれば、そもそもレッド種は数が少ないからレッドなのであって、その生態系を維持する物質の流れや相互作用の中での役割も、少ないなりのものでしかない場合がほとんどでしょう。ありふれた種の動向こそがその系のありかたを左右しているという認識無しにレッド種ばかり気にしていてもしかたないと思います。
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