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2008年07月07日

生物調査と調査員の力

 コンサルや調査会社の社員であれフリーであれ、調査員として有能か無能かは、当然生物調査の能力にかかってきます。
 能力といっても様々タイプの能力があります。
 たとえば、手際よくたくさんの数ないし種数の魚を採る能力、数限りなく思えてしまうほどたくさんの植物や昆虫の種を見分ける能力、遠方で飛翔するタカの種や個体の特徴、行動内容を的確に見極める能力、限られたフィールドサインからそれを残した動物に関する情報をいかに多く得ることが出来るか、などなど。
 が、結局は対象種について、分類体系における位置づけと共にその性質・生態を生息する環境条件を含めていかによく把握しているかという問題が重要になり、それは、調査・観察した現象から種内、種間、環境との関係性や意味をいかに読み解くかということに繋がります。また、ときにはこれらのことを現場で素早く的確に判断出来るか否かといった時間、瞬間との勝負といった側面もあります。
 どれもこれも正確な知識が無くては話にならないわけですが、調査員としての実力の高い人の話を聞くと、知識の一次的な活用だけではなんともならなそうな話題がたくさん出て来ます。彼らは、それぞれ生き物の生き方を規定する能力のしなやかさ、あるいは限界について、とても謙虚な視線や姿勢を持って見ているように感じます。現場での豊富な経験、あるいは生態学や生理学、進化論といった学問ベースの洞察力から、先入観やその時点で言われているセオリーを鵜呑みにすることの危険性をよくわかっているからでしょう。この姿勢は、環境の人為的な改変とそれに対する生物の反応といったものの把握や予想が重要となる調査においては、とりわけたいせつなものであると思います。
 ちなみに、彼らからのアウトプットとしては、報告書の形が求められた場合をのぞき、数値化されたデータそのものと、その解釈や今後どう調査をすれば効率よく目的に近づけるかといった見解の提示やアドヴァイスといったものになります。

 ここで問題になるのは、生物調査がこれほど調査員の実力に依存しているということになると、調査員がかわれば得られた結果が変わって来てしまうのではないか、ということです。
 実際そういうことは多いようで、任意採集、任意調査などの対象エリアに生息する対象生物群を現場においておおまかに把握する調査では、調査する人によって結果が大きくちがってくると聞きます。能力、技術の問題に加え、調査員個々人の得意不得意、興味の方向、視線の傾向といったものもどうしても関わってきてしまうからです。

 これに対する対策としては、毎回同じ会社、同じ人が調査に当たらせることによって、質や傾向として一定のものをもった結果を維持しようとするやり方があります。
 もうひとつは、誰がやっても同質の結果が得られるようマニュアル化する方法です。
 後者のマニュアル化については前者の場合でもある程度必要なものではありますが、生半可な行き過ぎは調査員の能力といったものをどうでもいいものにしてしまう可能性が高くなります。日当が高くなりがちな実力ある調査員を使わず、安い素人のアルバイトでも仕事はこなせるということになるわけですから。
 それはそれでいいだろうという話は確かにあります。現実問題、調査にかけられる予算には厳しいものがあるようですし。
 が、最も重要なのは、調査結果の内容を理解する力もその気もなく、現場を知らずに作った記録用紙が空欄無く埋められてさえいれば満足いく役所やコンサルの担当者にとっては、そもそも質的問題にかかわる話など豚に真珠だという話です。

 前者に関しては、業務発注に関する事情や入札、下請け、孫請けといった業界事情もからむので、そのうち別エントリで触れるつもり。


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